第十四話 政元不快之事
生来の直情径行ゆえか、元一は自らが最良と信じる六郎養子の案をさっそく当主政元に進言した。
もともと隠遁志向の強い政元だったが、だからといって家政運営を放り出したり、後継者問題に無関心というわけではなかった。
もし政元が
「わしは世俗のことには興味がない。細川のことなどもう知らぬ」
飽くまでこのように言ったのであれば、九条家から養子を迎えるなどせず、黙って家をたたんでいたはずだ。周囲がそれを許さなかったからこそ養子を迎えたのであり、そういった周囲の求めを無下にあしらわない程度の責任感が、政元にもまだ残っていた。
政元が九条家から
聡明丸が養子に迎えられたのは延徳三年(一四九一)のことで、政元は当時、満二十五歳だった。もし本当に高国が政元の養子に入っていたのだとしたら、政元は二十代前半で既に実子を諦めていたことになる。そんな若者が実子を諦めるなどと言ったところで周囲が本気にするはずがない。母親ともなればなおのことだ。
しかし政元の意志はかたく、また九条家の家格の高さもあって、ついに養子を受け容れることにしたのではなかろうか。苦渋に満ちた京兆家関係者の表情が目に浮かぶ。
反対する周囲の声を押し切って聡明丸を養子に迎えた手前、いくら折り合いが悪くなったといってもこれを廃嫡する決断は政元には難しかった。そんなところに、大内との戦いに有利になるからという、ただそれだけの理由で元一が聡明丸廃嫡を持ちかけてきたものだから、政元の語気は自ずと鋭いものとなった。
「聡明廃嫡など、出過ぎなことを申すな」
しかし大内の上陸地点と想定される摂津の守護代ともなれば事は重大だ。恫喝ひとつで引き下がるわけにはいかない。元一は一歩も退かず続けた。
「お叱りを受けたとて同じじゃ。聡明殿では大内に太刀打ちできませぬ」
「それをそちが支えよと申しておるのじゃ」
「むろんその時が来れば存分に暴れ回ってみせましょう。しかし俺が死んだ後はどうするおつもりか」
「そちの代わりなどいくらでもおるわ。ひとりで支えているがごとき物言い
ふんっ、と鼻であしらうがごとき物言いの政元。しかし元一も負けてはいない。
「ではその代わりの者どもも討ち果たされれば……?」
「屁理屈を申すな!」
「屁理屈ではござらん。当家も大内も共に四ヵ国太守。ここに六郎殿をお迎えすれば、讃州家の人々がものの数に入って当家五ヵ国になり申す。互いに刺し違えたとしても最後は勝ち残る道理。阿呆の俺でも分かる足し算じゃ。九条ではそれがかないませぬ」
正論だった。いくら兵法がどうとか必勝の信念がどうとか言ってみたところで、結局いくさは数がものを言う。いくら家格が高くても、公家である九条を数に入れることはできない。
聡明丸を簡単に廃嫡できない政元にも事情はあったが、どうやら元一は元一なりに考え抜いて言っているらしい。結論の出ない問答は次第に感情に傾いていった。
政元は返した。
「その理屈で申すなら野州家(備中、伊予分郡守護)も和泉上下守護(それぞれ和泉分郡守護)もおる。淡路守護家(淡路)も既にものの数に入っておる。大内など
「そこに讃州を加えたら鬼に金棒よ」
元一は折れるどころか斯く反駁し、遂には
「そもそも屋形が
と、平然と主政元の失策を詰る始末であった。
「そんなことは分かっておる。酔狂で殺したのではない。大樹のご命令ゆえにしかたなく……」
「そうまでして守らねばならん大樹なら、なおのこと六郎殿をお子にお迎えするべきじゃ。味方を増やして、来たるべき大内とのいくさに備えた方が大樹
「おのれ言わせておけばものの数だの大樹御為だの分を超えた物言い許し難し。そんなに大内が恐ろしいなら摂津は長忠ひとりに任せるよってに、そちは寺に入るなりなんなり、好きにすればよかろうて!」
ここで政元が口にした薬師寺長忠は元一の弟で、父元長死去後、元一が摂津上郡、長忠が同下郡の守護代にそれぞれ任じられ、兄弟で摂津支配の実務を担っていた。
戦国時代が本格化するに従い、室町期に君臨していた守護クラスが没落してゆき、代わって守護代層が台頭してくることになる。現地においては、会ったこともない守護よりも、実際に顔を合わせて口頭でやりとりをしたであろう守護代の方が強い影響力を発揮した。実務に通じ収支を把握し、財を分配する実務担当者に権力が集中するのは世の常だ。
人々が窮乏していた当時、守護代職は既得権益の様相を呈していた。このあたりは荘園運営の実務を担っていた荘官に似ている。どちらも必ず儲けが出る垂涎の職だった。
それを取り上げられたらたちまち生活が立ちゆかなくなるとあっては、いかな元一とてたまったものではない。そもそも元一が讃州家を味方に引き入れようとしたのも、己が力の源泉である摂津が大内の脅威に曝されつつあったからだ。領国を守るためにした献言で主君を怒らせ、守護代の職を取り上げられてしまっては元も子もない。政元の勘気に接した元一はこれ以上自説を通すことができず、主人の前から退出しなければならなかった。
守護代解任をちらつかせることによって、ようやく元一を黙らせることができた政元だったが
(元一の話にも一理ある。六郎を養子にするか否かは別として……)
聡明丸との折り合いの悪さもあって考え込むところが大いにある。
資質に疑問符がつくような人物はやはり惣領には適さない。資質とはつまるところ血統と力量だ。細川京兆家の血を引いておらず、実家が公家で武力に乏しい聡明丸は、資質に欠ける嫡子といわざるを得なかった。
元一と同じように考えている者は他にもいよう。口に出していないだけで。
放っておけば後継者争いに発展することは必至であった。
政元はここにきて、後継者問題を考え直さなければならなくなってしまったのであった。
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