第十二話 実相院義忠生害之次第(二)

 将軍への挨拶に参じよ――。

 この命令を受けてから金竜寺に達した実相院じっそういん義忠ぎちゅうは、本堂ではなく小半刻(小一時間)ほども阿弥陀堂に留め置かれた。同じ堂内には政元、そして年若い侍が同座している。これは義澄が付した目付である。

 政元と義忠は年始挨拶などで何度か顔を合わせたこともあり知己の間柄であったが、いまは話題も尽きて不自然な沈黙が座を覆っていた。

 響くのは蝉の鳴き声ばかりであった。

 さらに四半刻(約三十分)ほども経ったころのことであった。

「……拙僧はここで斬られるのでしょうか」

 不意に義忠が発した。

 その言葉に動揺させられる政元。やるなら義忠が異変を察知する前にやってしまわねばならなかったが、それがどうしてもできず、不自然な沈黙が続いたために、ついに義忠の察するところとなってしまったのであった。

 むろん政元とて大身の武士であってみれば、恐ろしくて人ひとり斬れませんでしたなどということはなかったが、それは自分に対して刃を向けてきたり、咎人に対してだからできることなのであって、義忠のような無辜の者が相手となると話は別だった。

 これから殺す相手――義忠の顔をまじまじと見つめる政元。二十四歳の若々しい肌が青ざめて見える。これほどまでに美しいというのに、この若者は今日この場で、何の咎もなく死んでしまわねばならないのである。他の誰でもない、政元自身がこの手で葬り去ってしまわねばならないのだ。

 政元は腹を括って義忠に告げた。

「そういうことになります」

 聞かされても逃げるそぶりひとつ見せない義忠。本当は泣き喚いて命乞いをするか、逃げ出したいはずなのに。

「理由を訊ねてもよろしゅうございますか」

 垣間見える動揺といえば、青ざめた顔色、そして震える声くらいのものであった。

「大樹の御意向でござる」

「何の咎があって……」

「咎などない、と仰せでした」

「左様でございましょうな。相当気を遣って日々を過ごしてきましたから。となると、ますます理由が分かりません」

 義忠は、義澄から見れば自分が政敵になり得ることをよく自覚していた。政元が

(感謝したいくらいだ)

 と思って見ていた義忠の謹厳の振る舞いは、決して偶然ではなかった。

 要らざる疑惑を抱かれぬために胸に一物あるを常にこらえ、日常生活の不自由も甘受して、目立たぬよう目立たぬよう、敵中にたったひとり孤塁を守り、義忠は今日まで命を長らえてきたのである。その努力は今日、無に帰するのだ。

 ――なぜ。どうして。

 義忠でなくとも抱いて当然の疑問であった。

「ただそれがしの忠節を試すためと。そのために咎なき義忠を誅すべしとの御諚」

 或いは、敢えて教えなくともよかったことなのかもしれない。詳しいことなど何も知らせることなく、ただ

「実相院義忠に謀反の企てこれあり。したがって誅殺いたす」

 とのみ宣して有無を言わさず斬り捨てる方がよほど簡単だっただろう。政元とて、もとよりそうするつもりだったのだ。政元の逡巡が義忠に疑念を生じさせ、機を失してしまった結果であった。

「そういうことでしたか。では拙僧はあなた様を恨みます」

「……」

 心外です、とは言えない。政元の忠節にくもりがなければこうはなっていなかったはずだったのだ。政元の不忠が、生き残りをかけて今日まで営々築き上げてきた義忠の努力を台無しにしてしまったのである。恨まれて当然だった。

「……そろそろ」

 喋りすぎた。だが殺される理由を教えたことに後悔はない。

 みれば、瞼をぎゅっと閉じて恐怖心を必死に押さえつけながら、その時を待っている義忠。

 まだ十分に生きたとはいえまいに、あわれなり義忠。何も告げられず死んだ方が良かったか、告げられてから死んだ方が良かったか。刃で刺されたらさぞ痛かろう。あわれなり義忠、怖くないか。なぜ恐れを圧し殺すことができる。修行したからか。辛い修行だったか。あわれなり義忠。俺は地獄に堕ちるだろうな。義忠! 義忠あわれなり……!

 秩序もなにもなく、政元のなかに湧いて出ては消えていく感情。

 政元は義忠を抱き寄せると同時に、抜いた脇差しの切っ先でその胸を刺し貫いたのであった。

 痛みを堪えるような苦しげな呻き声。身体の強張りは一瞬で解け、くなれる義忠。力なく半開きになった口許から、真っ赤な血が幾筋も滴り落ちた。

 義忠は殺された。

 武士でもないのに義忠は首を掻かれた。義忠の死をだれよりも望んだ義澄が、その死を確認するためだったが、肝心の義澄はといえば、目付から義忠誅殺の一部始終を聞いただけで、掻かれた義忠の首を、自分の目で見て確かめるということはついにしなかった。

 義忠生涯の報せは山口にもたらされ、数日後には確実な情報として義尹の耳に入ることとなった。

「許せまへん、許せまへん」

 血が滲むほど強く唇を噛み締めながら人目を憚らず涙する木阿弥。

「政元の腐れ外道、許せまへん」

 うわごとのような木阿弥の呻き声が響くなか、弟義忠の死を聞いてただ呆然とするしかない義尹。

 政変後、監禁されていた上原元秀邸宅から逐電する際、義尹は洛中に残してきた三人の弟妹にひと目会いたいと望んだが、危急の折でもありそれは叶わぬ願いであった。

 最後に会ったのは河内出兵の直前、九年前(明応二年、一四九三)の正月だったことになる。当時義忠は十五歳の青年僧だったが、その時の姿をどうしても思い出すことができない。

(まさか、あれが最後になろうとは……)

 弟の死報に臨んでこんなありきたりな感慨は抱きたくなかったが、人の運命はまことはかりがたい。

 ――また次も会える。なんの根拠もなくそう信じて、忙しい最中ということもあり漫然と会った義忠の最後の姿を、義尹は思い出すことができなかった。

 今ひとつはかりがたいことがあった。政元は何故義忠を殺さねばならなかったのか。

「義忠に謀反の動きがあったから」などと伝えられてはいたが、なんの武力も政治力も持たない義忠にそんな大それたことができるはずもなく、信ずるに値しない話であった。

 義忠の在京を許し、九年間も生かし続けてきたあの政元が、一度は義尹陣営との和睦が成立しかけたあの政元が、いまになって思い立ったように義忠を殺す理由がどこにも見当たらない。

 だとすれば

(義澄か……)

 政元に義忠殺害を命じることで、義尹陣営と政元との和睦を不可能たらしめる。そんな義澄の意図が透けて見える。

 たとえそうだったとしても

(恨んではならぬ。義澄も政元も)

 なんの罪もない義忠を殺した両人に怒りを含んでないといえば嘘になる。しかしどこかで怨念の連鎖を止めなければ、同じ足利同士の殺しあいが延々と続くことになるのだ。

 もうまっぴら御免だった。


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