そんな事件があってから、ユキは村人たちの仕事を手助けするようになっていた。

 重い荷物を一緒に運んであげたり。

 器用にじょうろを加えて、畑に水をやったり。

 子供たちと遊んだり。

 酒の場で華麗で愉快なダンスを披露したり。


 ユキは村人たちにとって、家族同然の存在となった。

 そのユキの村への貢献に、俺は飼い主として誇らしい気持ちになっていた。


 ◇◆◇


 あるとき、俺とユキは王様に呼ばれ、城へと向かった。

 王様はユキを一目見るなり、「おお!なんと美しい狐だ」と言った。


 俺が呼ばれた理由はこういうことだった。


 魔王が復活し、活動を始めた。

 その勢いはとどまることを知らず、対策を練らなければいけなくなったらしいのだ。

 そこで、各地から若者を集め、勇者としての素質があるかを調べているというのだ。


「しかし、俺は単なる薬師の息子ですよ?

 勇者としての素質なんて、あるわけがない」


 俺はそう言った。

 しかし、王様は首を横に振る。


「焦るではない、アレクという少年よ。

 まずは目の前にある剣を構えてみなさい」


 俺は、言われるがまま剣を握った。

 そして、俺は不格好なポーズを披露したりした。


「なるほど、なるほど」


 王様は何かを納得したようで、隣にいた大臣に耳打ちする。


「アレク、君が勇者だ!」


 俺は、その宣言に驚いた。


「俺が……勇者……?」


 俺の納得いかない表情に、王様は言葉を続ける。


「その剣はな、実は勇者でなければ、振るうことも、構えることもままらない、勇者の聖剣なのだ!

 それを、容易く自然に扱える君は、間違いなく勇者なのだ!」


 俺は急に自分が勇者であることを告げられて、どうすればいいのかわからなかった。


「アレクよ!勇者として魔王を倒してくれ!」


 王様は俺にそう言ったが、俺は正直迷っていた。

 しかし、ユキは嬉しそうに、俺の周りを飛び跳ねている。

 まるで、俺が勇者であることを喜んでいるかのようだ。


 俺は、喜びようを見て、覚悟を決める。


 「わかりました。俺が勇者として魔王を討伐します」


 こうして俺は勇者になった。


 ◇◆◇


 それから、俺は城で訓練を受けた。

 剣の振り方や、魔法の使い方など、様々なことを教わった。


 これらの訓練は厳しく、戦闘のセンスがないのか、俺は苦戦した。


 しかし、慣れない城の生活をユキはサポートしてくれた。

 訓練の時間になったら起こしてくれる。

 そして、剣と盾を持ち運び、訓練の準備。

 休憩になると、ポーションを手渡し、水分補給を薦める。

 場合によっては、俺の訓練の相手にもなってくれていた。

 

 その様子を見て、兵士たちは感心したように言う。


「ほお、あの狐!美しいだけでなく、賢いとも来ている!」

「勇者様の剣の稽古だけではなく、俺たちの世話もしてくれるとは……」


 俺はユキを褒められるのは嬉しくなりつつも、

 やはり、気恥ずかしさがあった。


 だが、実は問題は訓練ではなかった。


 ある日のこと、姫が俺の訓練を見に来たのである。


「アレク様、お疲れ様です」


 そう言って微笑みかけてくる姫の顔に俺は見惚れた。


 「あ、ありがとう」


 俺は、姫の人形のように整った顔立ちに、心を奪われていた。


「アレク様は本当に頑張っていらっしゃいますね」


 姫は俺にそう言うと、俺の手をそっと握った。

 俺は思わずドキッとしたが、姫の柔らかい手の感触が伝わってきたので、さらにドキドキした。

 そして、姫は俺の耳元で囁くように話す。


「実は私……アレク様のことを……」


 そう言うや否かのことだった。

 ユキが姫に牙を剥き、飛びかかったのである。


「きゃああ!」


 姫は悲鳴を上げるが、ユキは容赦なく姫の腕に嚙みつく。


 「痛い!痛い!助けてください!」


 そんな姫を見て、俺は慌ててユキを抑え込む。

 ユキは俺の慌てようを見て、一度、姫の腕に噛みついたのを離した。


 姫は、慌ててユキから離れると、自分の腕を摩る。


 俺は申し訳なさそうに、姫の手をとり、包帯を巻き、手当てをする。

 しかし、ユキは俺の様子に不満どころか、姫に威嚇をし始めた。


 「ひいい!」と、姫は悲鳴をあげて、その場を逃げ出ていった。


 姫が逃げるのを見ると、なぜか、司教の怒鳴り声を思い出した。


「私に近寄るな!この魔物の手先どもめ!」


 しかし、俺はユキを撫でながら、語り掛ける。


「お前は、そんな、悪い子じゃないだろ?」


 ユキは俺を見つめ、そして尻尾を振った。

 そして甘い声で鳴いた。


 ◇◆◇


 俺は出来るだけ早く出発する準備を整えた。

 何故なら、ユキがいつ何時、また姫に牙を向くかわからないからだ。

 

 俺は何度も勇者として魔王討伐したいことを王様に伝えた。

 最初は、俺が勇者として未熟だと言って聞かなかった。

 しかし、ついに王様は魔王討伐を前倒ししてくれることになった。


 俺はホッとした。

 何故なら、これでユキと姫は出会わなくなるからだ。


 俺は聖剣を改めて受け取り、鞘に納めると、ユキを連れて城を出る。

 もちろん、姫は見送りには来なかった。

 その代わり、こんな怒鳴り声がする。


「あの、あのバケモノ!狐のバケモノを何とかして!私はあいつに殺される!」


 ユキは、その声を聞いて例の笑みを一瞬だけする。

 あの、悪魔のような笑み。


 ◇◆◇


 俺たちは冒険を続ける。

 最初は、弱いモンスターを倒し、経験を得る。

 そしてレベルアップしなければならない。


 ただ、実際の戦闘になると、訓練で付け焼き刃の俺より、ユキのほうが活躍する。

 俺といえば、訓練が中途半端なまま実践に入ったのだから、なおさら上手くいかなかった。

 それでも、ユキはスライムをバラバラにし、ゴブリンを切り裂き、そしてオークをあっさりと倒す。

 俺の出る幕はない。


 俺は、ユキを褒めた。

「凄いな!お前は!」


 ユキは嬉しそうに尻尾を振りながら、俺の前に座る。

 俺はそんなユキの頭を撫でた。撫でられると気持ちいのか、ユキは俺の膝の上に頭を置く。


 しかし、俺は諦めなかった。

 毎日、剣の素振りを欠かさず行い、魔法の訓練も行った。

 ユキはそんな俺を、応援してくれた。


 だが、そんな日々も長くは続かなかった。


 俺が村を荒らしているオークと戦っているときだった。

 ユキはその俊敏さで、手下のゴブリン達を蹴散らす。

 

 そして、ユキがゴブリンを蹴散らしているスキに、俺がオークは懐に入る。

 オークは棍棒を振り廻し、俺をなんとか倒そうとする。

 俺はその棍棒を盾で防ぎながら、オークの懐に潜り込む。


 ――見えた!


 オークが棍棒を空振りし、スキが生まれた瞬間に、剣をオークの胸に突き立てる。

 「グオオオ!」と叫び声を上げ、オークは倒れる。


 「やった!」


 リーダーのオークがやられたと見て、ゴブリン達は逃げ出した。

 俺はユキのほうを見る。

 ユキは、俺のほうを見て、嬉しそうに尻尾を振っていた。


「ユキ!俺もオークを一人で倒せたよ!俺もユキに頼らなくても戦えるんだ!」


 そう言葉を聞くや否や、ユキはとても悲しそうな顔をした。

 その顔を見て、俺は慌てて訂正する。


「ユキ!誤解しないで!ユキを置いて一人で旅をするってことじゃないからね!」


 ユキは安心したかのように、尻尾を振った。

 しかし、それでも目はまだ悲しそうだった。


 ◇◆◇


 その日から、ユキの戦闘は前よりも激しくなった。

 俺がモンスターと戦おうとする前に、素早く行動し、そして気が付いたらモンスターがバラバラになっているのだ。

 そして、ユキは俺に褒められるまで、ずっと俺の後ろにいた。

 もちろん、俺はユキを優しくなでる。


「でもね、ユキ。あまり早く倒しちゃうと、俺がレベルアップできないから、ちょっと手加減してくれないかな?」


 その言葉を聞くと、ユキはただ悲しそうな顔をする。

 そして、世界が終わったような深い悲しみの目。

 俺は慌てて、フォローの言葉をかける。


「ご、ごめん!大丈夫だよ、ユキ。いままで通りで」


 ユキはその言葉を聞くと、尻尾を振って喜んだ。


 さらに、俺が訓練しようとしてくるときも、俺の周りを跳ねまわり、甘えてくるのである。

 まるで、それは俺の訓練を邪魔しているかのようだ。


「ねえ、ユキ。そういうことされると、訓練できないからさ……」


 そうやって言うと、またユキは悲しそうな顔をする。

 俺はユキを抱きしめた。


「ごめん、わかったよ」


 そう言うと、ユキは嬉しそうに尻尾を振って、俺に身体をこすりつける。


 ◇◆◇


 ユキはどんどん強くなっていった。

 爪は鋭く、動きは俊敏に、しかも鬼火や呪縛、憑依という魔法を使えるようになり、さらには、人間の姿に変わることもできるようになった。


 だが、俺は弱いままだった。

 構えている間に、モンスターは全滅しているからだ。


 確かにユキは頼もしかった。

 そして誇らしかった。

 しかし……。


「もう、俺はユキがいないと戦えないかもしれない。

 もう魔界の近くまで来て、モンスターも強くなった。

 今の俺の実力だったら、ユキがいなければ、

 直ぐに死んでしまう……」


 俺はユキにそう告げた。

 ユキは俺に飛びつき、そして顔を舐める。

 俺はユキの頭を撫でた。


「ありがとう、慰めてくれているんだな」


 しかし、ユキの表情は元気づけるというよりは、満足そうな顔だった。

 まるで、この状況を望んでいるかのように。

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