ヤンデレ白狐、勇者より強い

アイアン先輩

 終わりは何時も呆気ない。

 俺は魔王が血を流して倒れているところを見つめた。

 そして、魔王の息の根を止めたことを確認する。


 世界を恐怖に落とし入れ、多くの人間を殺した存在。

 ようやく、俺はこの邪悪な存在をこの世界から消し去ったのだ。


 しかし、喜びは無い。

 むしろ、俺には新しい課題が生まれている。


 荒縄で縛られ、手錠で拘束され、魔王城で身動きできない俺。

 そして、銀髪の美しい髪をなびかせ、ふくよかな尻尾を揺らす、狐娘のユキ。


「……やっと、二人きりになりましたね。アレク様」


 人類は破滅から救われた。

 しかし、俺は……?時は、幼年期に遡る。


 ◇◆◇


 俺の母は薬師だ。

 そのため、ポーションとなる薬草を採りに行くのが、俺の日課であった。

 それはお手伝いであり、小遣いの発生する仕事であったが、苦ではなかった。


 なぜなら、村の森は美しく、そして様々な生命に満ち溢れていた。

 きらきらと光る蝶。

 たくましく伸びる草木。

 美しい肢体で走り回る鹿たち。

 水辺では、カエルが水面を飛び跳ねていた。

 それらを見ているだけで、俺は幸せだった。


 しかし、そんな自然の中でも、危険というのは存在する。


 いつものように、俺は森を歩き回っていた。

 すると、鋭い悲鳴が聞こえてきた。

 俺は、いざという時の為に、弓を構えて、その悲鳴のほうへと向かっていた。

 母からは、「危ないことをしてはいけませんよ」と、言われていた。

 だが、俺の勇者の血としての正義感が、それを許さなかった。


 俺は悲鳴のした場所へと辿りついた。

 そこには、ハンターが弓で傷ついた白狐を捕えようとしていた。


「こいつを捕まえれば、毛皮が高く売れるな」


 思わぬ収穫にハンターは興奮している。

 そして、白狐も必死の抵抗をしているが、足に噛みついた罠が痛々しく突き刺さって動けない。


 俺は、直感的に、こんな美しい白狐を殺すことなど許せない、と思った。

 何かの聖獣か、あるいは神聖な妖精の使いに感じたのだ。


 俺は、ハンターの前に出ると、白狐の前に立ちはだかった。


「やめろ!その狐は、お前のものじゃない!」


 ハンターは、俺を見ると、怒鳴り声をあげる。


「おい、アレク。俺の邪魔をするな。ハンターというのはな、動物を狩って生計を立てる仕事だ。子供のお前が邪魔をするんじゃない!」

「いやだ!白狐を離してやれ!」


 俺は、弓を構えたまま叫んだ。

 ハンターはため息をついた。


「ああ、今日は大儲けだと思ったのに。しかし、薬師のアレクだったら仕方ない。お前は昔からそうだ。お前が一度決めたら梃子でも動かないのは知っている」


 ハンターは弓を下ろして、白狐の罠を外す。


 「ほら、さっさと行け」


 ハンターは頭を掻きながら、その場をあとにした。


 白狐は、足を引きずり、俺のほうに身体を寄せてくる。

 俺は包帯と水筒を取り出し、鮮明な血が出ている白狐の足の傷を軽く洗い流し、薬草をすり潰したものを傷に塗りこみ、包帯を巻いた。


 白狐は手当が終わると、俺の顔をぺろりと舐める。

 「ありがとう」と言っているようだ。


 そして、俺は一通りの処置が終わった後、その場を立ち去ろうとした。

 しかし、白狐は俺に付いてくる。


 俺は、「ついてきちゃ駄目だよ」と言ったが、白狐は聞く耳を持たない。

 そして、俺は諦めて、家に連れて帰ることにした。


 家に着くと、母に白狐のことを話した。

 母は白狐を抱えている俺の話を聞いて、少し考え込んでいた。


 白狐は、母を心配そうに見つめている。

 きっと「そんな魔物を飼ってはいけません!」と言われるのを恐れているのかのようだ。


 しかし、母の結論は、意外なものだった。


 「アレク。その狐を飼ってもいいですよ。

 ただし、ちゃんと責任を持ってお世話をすること。いいですね?」


 俺は嬉しくなって、母に飛びつき、キスをした。

 母は白狐の怪我が治るまでは家で飼うことを許したが、それ以降は森に帰すことを条件とした。

 そして俺は白狐に「ユキ」という名前を付けた。


 ◇◆◇


 みるみるうちに、白狐の怪我は治っていった。

 母の薬師としての腕が、怪我の治りを良くしたのだろう。


 数日したら、白狐は元気に走り回れるようになった。

 だが、それでも当然のように、私の隣を歩いていた。


 そして、私の隣を歩くと、村人たちは作業を止め、白狐に見とれた。

 俺はそれを誇らしくもあり、また、恥ずかしくもあった。


 だが、それを快く思わない人物もいた。

 それは、教会の司祭様だった。


 司祭は私に忠告した。


「アレク。君が飼っているのは魔物だ。魔物は人間に危害を及ぼし、不幸を招く存在なんだ」


 俺は司祭の言葉に怒った。


「ユキはいい子だよ!魔物なんかじゃない!」


 しかし、司祭は俺の話を聞いてくれない。

 ユキは、その言葉を黙って聞き、そして静かにうなった。

 それは静かだったが、司祭に対して明らかに敵意のあるうなりだった。


 「ユキ、だめだよ……」


 俺は白狐を止めると、それでもまだ敵意が収まらないのか、司祭にそっぽを向く。

 そして、俺はユキを連れてその場を離れた。


 ◇◆◇


 それからも司祭は俺に忠告した。


 「アレク。君は優しい心を持った良い子だ。

 だが、魔物を飼ってはいけないよ。

 魔物は不幸しか呼ばないからね」


 俺は司祭の言う事が正しいとは思えなかった。

 しかし、司祭はその日から段々と教会から姿を現すことが少なくなっていった。

 頬も目も段々とやつれ、そしてやせ細っていった。


 ◇◆◇


 そして、俺と白狐が村を歩いていたある日だった。

 村人たちは、何時もように、白狐の美しさを絶賛する。


「今日もユキの毛並みは美しいね。

 光が反射して、まるで宝石のようじゃないか」

「あの堂々として威厳のある姿。

 アレクと並べば、まるで一枚の絵のようじゃないか」


 ユキが褒められるのを聞いて、俺は自分のことのように嬉しくなった。

 ユキはその褒め言葉を誇りに思っているのか、威風堂々とした足取りを続けている。


 その時だった。


「ふさけるな!魔物め!」


 そう言いながら、教会から司祭が出てきたのだ。

 その顔は見るも痛々しかった。


 頬はこけ、眼の下には大きなクマが出来ていた。

 そして、その右手にはナイフが握られている。


「魔物に心を奪われた少年!お前から先に天罰を下してやる!」


 司祭は俺に向かって突進してきた。

 しかし、司祭は石に躓いて転び、ナイフを手放してしまう。

 司祭は何とか起き上がろうとするも、身体に力が入らず、ただ息を切らすのみ。

 心配した村人たちは、司祭に集まってくる。


「司祭様。大丈夫ですか」


 その声を無視するかのように、司祭が白狐を睨む。


「この白狐は、私に呪いをかけた!悪夢を見る呪いをな!

 私が寝ると、夢の中で、この白狐が私を取り囲み、鋭い牙と爪を私に向け、そして嬲り殺しにするのだ!

 その前は、私が食べるものが、蛆と蠅にかわる夢!

 今日は、森の中で縛られ土と汚物をかけられる夢!」


 俺は司祭の言っていることが信じられなかった。

 まさか、ユキが司祭に悪夢を見せるなど……。


「この白狐は私の命を狙っている!

 アレク、頼む!この魔物、この魔物を森に返してこい!」


 司祭はそう言うと、その場に倒れこんだ。

 村人たちは、司祭を介抱しようとするが、司祭はそれを振り払い、怒鳴り声をあげる。


「私に近寄るな!この魔物の手先どもめ!」


 そんなはずはない。

 ユキが司祭に悪夢を見せるなどありえない。


 村人たちは相談の結果、司祭を街へと送り返すことにした。

 慣れない村の生活で疲れたのだろう、と判断したのだ。


 その会話を聞きながら、俺はほっとした。

 もしかしたら、ユキが追い出されるかもしれないと思ったからだ。


 俺はユキを抱きしめて、「よかったね」と言った。

 ユキは、俺の頬をぺろりと舐め、そして尻尾を振った。


 しかし、ユキは運ばれる司祭を見つめ、一瞬だけ悪魔のような笑みを見せた。

 俺はぎょっとしたが、それは一瞬だった。

 ユキは、すぐにいつもの表情に戻ったのだ。

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