いんだすとりー!

山本泰雅

インチについて学ぼう

 恋愛とノコギリは同じだ。押してだめなら、引いてみろッ!


         ―建築科科長の言葉―



   § § §



 とある地方都市にある工業高校。全校生徒369人中、男子324人女子45人。機械科、建築科、設備科と三つの学科があり──生徒達は日々、知識と技術を研鑽けんさんするべく通っている。




 建築科実習棟内の職員室。




「科職の掃除めんどくせぇ。なぁ、まっつん」


「だよな〜。平常点くれるからって言うけど」


「つべこべ言うな。さっさと終わらせるぞ」




 部屋に入った三人の男子生徒。梅田、まっつん、タケちゃんは担任の槇原まきはらに言われて掃除へと来ていた。赤点やサボりで平常点が少ない彼らへ、担任による慈悲じひ深いお願い事である。




「相変わらずゴチャゴチャしてるな……ここ」




 金髪の頭をかきながらぼやく梅田。科職の中は担任や科長(建築科で一番偉い先生)達の物で雑然としており、片手間で作ったものなのか作業台が置かれていた。それでもクオリティは学生をはるかに超えるもの。そばには角材のツーバイフォーがあった。




「梅田。今更あほらしいけど、ツーバイフォーってなに?」




 派手な色に染めた髪をパーマでくるくるにしたまっつんがたずねる。




「ほんと、あほらしいな。建築科に入って二年目だろ」


「まっつんは馬鹿だから仕方ない。放っておけ」




 巨人のような背丈のタケちゃんが眉間みけんを押さえる。それを見たまっつんはビシッと指を指す。




「そう言うタケちゃんはわかるの!」


「当たり前だ。ツーバイフォーは2インチ×4インチの角材のことで、一番ポピュラーなやつだよ。ホームセンターに行ったらあるだろ」


「ホームセンターなんて行かないし」まっつんは小首をかしげる。「センチとインチは同じだっけ?」




 それを聞いた二人は天をあおぐ。




「まっつんは既に頭のビスが足りてないようだ」と梅田。


「え……そんなにやばいの?」


「お前な……。俺は将来、まっつんが建築士事務所で働けるか心配になってしまった……。インチぐらい覚えておけよ」


「だな。梅田の言う通りだ」




 梅田のつぶやきにタケちゃんが頷く。そしてタケちゃんはお馬鹿なまっつんにインチについて教える。




「インチは何mmかは……知らないよな」半分諦め気味のタケちゃん。「ああっ! 全然わからん!」


「あらゆる物に使われるインチの長さは、25.4mm。『にごし』の語呂合わせにしたら覚えやすい。だからツーバイフォーは、50.8mm×101.6mmになる」


「ややこしい数字……。普通に1cmにしてほしいな〜。そんなに細かくして得あるの?」


「あのな。建築物関係なく、ミリ単位は工業製品なら絶対使われるからな。『900mm×400mmのアクリル板を発注致します』って言われて、寸法通りにパネルソーで切るんだ。インチの話に戻るが……まっつん、テレビのサイズにも使われている」


「そういえば、テレビの後ろに書いてた気が」




 まっつんは自宅のリビングにあるテレビを頭に浮かべる。確か〝32インチ〟と表記されていた。




「オレん家のが32インチだから……32×25.4で…………計算わかんにゃい」


「──812.8mmだぜ。センチに直したら、約81cm」




 スマホの電卓で計算した梅田が画面を見せてくる。




「ほへー。なるへそ」


「ちゃんと覚えたのか?」




 ジト目をする梅田にまっつんは笑顔で胸元を叩く。




「わかってるって〜。インチは25.4mm!」


「ならいいが……」




 ──ガラリ。




 すると科職の扉が開かれ、三人は一斉にそちらへ振り向く。入ってきたのは担任の槇原。彼は部屋の状況が変わっていないのを目にし、ため息を深く吐き出す。




「お前らやってないな」


「いや、俺はやろうとしたけどまっつんがインチについて教えてって言うから。なあ、タケちゃん」


「…………」


「無視すんなや! タケちゃんがほとんど先生やってただろ!」


「ほう……熱心に勉強か。なら掃除が終わったら授業してやる。期末テスト、赤点取ったら夏休みないからな」




「「「勉強いやだっ!!!!!!!!」」」




 その後。科職にて授業を受けることになった三人は、なんとか期末テストを乗り越えて、楽しい夏休みを送れることができたのだった──……。

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