1日目

夢を見た。

私が幸せだった時の記憶だ。


「お誕生日おめでとう、璃桜

ほんと…大きくなったわね。」

「ありがとう……お母さん。」

「璃桜は将来どんな子に育つかな。

年長さんの頃は『パティシエになる!』って言ってたけど……手先不器用だからな。」

「ちょ、ちょっと……お父さん!

二人と違って不器用だけど、裁縫はできるんだからね!」

「でもお姉ちゃん自分の指刺してたよねー。

ジャージのゼッケンつける時にぷすーって。」

「舞までそんなこと言ってー!!」


13歳の誕生日。

料理が得意な母が私のためにと作ってくれたご馳走と、何気ない会話が飛ぶ空間。

私の成長を祝ってくれる両親と妹。

温かいこの時間が、本当に幸せだった。


どこから壊れてしまったのだろう。

どこから歪んでしまったのだろう。

考えれば考えるほど、得体の知れない感情で押し潰されそうになる。

眠れない時間は日に日に増え、能動的にいることも出来なくなってしまった。


「――聞いているのか、璃桜。」

彼の声で、意識が現実に戻る。

「ごめん、あんまり聞いてなかった。」


昨日の昼下がり。

いつものように妖櫻の下で時間を潰そうと向かった先に彼は居た。

この場所は滅多に人なんて来ない。

ぽかんとしている私を余所目に、彼は友人と接するかのような口振りで私の名を呼んだ。

記憶をどれだけ遡っても身に覚えが無いものだから、たどたどしく言葉を返したことを覚えている。


「璃桜のことだから、昔のことでも思い出してたんだろ。」

「……なんで分かるの。」

「俺にはお見通しさ。

璃桜の身長、趣味、生年月日……あとスリーサイズも。」

「そこは知らなくていい……。」

「知ってることには突っ込まないのな。」

「突っ込んだって何も変わらないし。」

そう言って私はそっぽを向く。

実際、何か私がしたところで何も変わらない。

だから、私は自我を出すことをやめた。

蒲公英の綿毛のように、風に飛ばされて、流れるままに残りの日々を生きようと思った。


沈黙が続いて数分、彼が私と並んで座った。

ちらりと横目で様子を伺う。

端正な顔付きに鴉のように真っ黒で艶のある癖っ毛。

モデルにでもスカウトされそうなくらい見た目のいい人間が、なんでこんな所にいるんだろうなんて考えてしまう。

ここにあるのは桜の木だけなのに。


「なぁ、璃桜。」

沈黙の時間を、彼の言葉が破った。

「今でも、花は好きか?」

彼の質問に、私は静かに頷く。

そんな私の様子を見て、彼はそっと微笑んだ。

「そこは変わってなくて安心したよ。

暇さえあれば俺に教えてくれたくらいだし。」

彼にそんなことをした記憶がない。

けれども、愛おしそうに過去を語る彼を見て、胸がきゅっと縮まる感覚がする。

何かしなくちゃと思っても、何をすればいいのかも考えつかないし、私から誘いをかける勇気もない。

内心あたふたしている私を横目に、彼は小指を差し出す。

「璃桜に教えてもらいたい花があるんだ。

よければ明日、俺と見に行かないか?」

真っ直ぐな目で私を見ながら、彼は静かに答えを待つ。

「……たまには、出かけようかな。」

仕方ないなと言いたげな雰囲気と共に、私は小指を絡めた。


集まる日時と行き方を決め、たわいもない話をした後、私は帰路に着いた。

私を圧迫していた感情は、不思議と晴れていた。

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桜の下で死を待つ君に 名桜 @Rein_Feil

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