桜の下で死を待つ君に

名桜

0日目

どうすれば楽に死ねるのだろうか。

どうすれば私は生きる意味を持てただろうか。

どうすれば……私は私を好きになれただろうか。

そんなことばかりが頭の中をぐるぐると巡って、息が詰まりそうになる。

胸の奥が、鉛のように重たい。

考えても、考えても、どこにも答えなんて見つからない。

ただ、沈んでいく感情に身を任せるしかできない自分がいる。


今日も私は、いつもの神社へ向かう。

誰も訪れない、静まり返った場所。

針葉樹が鬱蒼と茂り、外の世界と隔絶されたようなその境内は、私にとって唯一の避難所だった。

誰にも見つからない場所。誰も、私に気づかない場所。


神社の奥には、千二百年もの時を生き続けた桜の木がある。

古い伝承によれば、長く生きすぎた植物はいずれ妖怪になるという。

この桜もいつしか妖櫻ようおうと呼ばれるようになった。

人々はこの木を恐れ、敬遠するようになったけれど、私だけは違った。

幼い頃、両親に連れられて初めて見た満開の妖櫻は、私の心を奪った。

あの日から、この木は私の居場所になった。

喜びも悲しみも、全てこの木に委ねてきた。

けれど今は――ただ時間を潰すために、この場所にいる。


私は生きる意味を見つけられない。

生きるための動機なんて、何も持てない。

高校一年の冬に壊れた私の心は、それ以降、何もかもが崩れ落ちるようだった。

誰にも気づかれないまま、笑顔を張り付けて、過ごしてきた日々。

それでも、空っぽの自分が残っただけだった。


「こんな人間、生きていたって仕方がない。」

そう、自分に言い聞かせている。

だから、私は20歳で死ぬと決めた。

あと半年。半年の間、私はこの桜の下でただ過ごす。

私にとって、それは自分に与えられた最後の猶予みたいなものだ。

生きることの意味を見つけられないまま、終わりを迎えるまでの。


今日も、残りの時間を潰すために神社へと向かう。

足を進める先には、いつもと同じ妖櫻が立っているはずだった。

だけど、今日は違った。

桜の木の下に、見知らぬ男が立っている。

薄暗い境内の中で、その姿だけが妙に鮮明で、現実感がない。

あまりに突然のことに、私は立ち止まる。


その時、男がこちらを振り返った。

「よう、璃桜りおう。」

静かな声が私の名を呼ぶ。


「……えっと、どちら様?」

戸惑いを隠せないまま、私は問い返した。


男は少し笑い、まるで懐かしい友人にでも話しかけるような口調で言った。

「忘れたのか。あの日、お前の魂を貰うと誓っただろう。」

「……ごめんなさい。私、過去の記憶が曖昧で。」

男は少し黙り、そして肩をすくめた。

「……そうか。まあいい、すぐに思い出すだろう。」


私はその瞬間、何かが動き始める気配を感じた。

何も変わらない日々に、ただ時間を潰すことしかできなかった私の世界が、音を立てて動き出す――そんな気がした。

それが、私――七々扇璃桜ななおうぎりおうと、最悪で最高な「彼」との出会いだった。

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