アムリ村堕星事件
「そういえば、さっきミトラが身寄りがなくなったあなたを引き取ったって言っていたけど、彼女は元々師匠になる予定の魔女だったの?わたし、エリー以外で彼女が他の魔女と関わりがあるなんて聞いたことがないから」
言葉にした後、少しデリカシーのない質問だったかなとも思った。しかし、必要な問いだとも思う。
エルヴァンは人ではない。魔女の元使い魔で、現在は魔女と名乗っており、不老の身にはなっているが種族的な魔女とは異なる存在だ。
だが、自身の体験ではないがエリーから魔女という種族的な慣習は聞いている。
魔女という種族は不老だ。そのため、種を増やすという行為を積極的に行わない。さらに出産率も低いため、いつの時代もその数が少なかった。
だが、魔女も時にはヒトの男性と結婚し、子をなすことがある。
男子が生まれれば普通の人間、女子が生まれればその大半は魔女として生まれる。
そうして生まれた魔女の子は十歳になるとパートナーがいない魔女に弟子として預けられる。
魔女にとっても子はもちろん愛おしい存在だ。だが、不老の自身に対し愛する者や息子の命は短い。
そのため、生涯をともにするまで弟子として預ける習慣が魔女という種族間では存在する。
そのため、魔女にとって師匠とは第二の母親的な存在でもある。
自身の娘を預け、半永久的な人生での自己形成を行う上で重要な期間を共に過ごすことになる師匠。
その選定はとても重要なものだ。
大抵は自身と長年縁故のある魔女や数千を生きた信頼ある大魔女に預けることが多い。
だが、レイラのように身寄りがなくなり行く宛のなくなる魔女も過去にはいたという。
魔法研究の失敗だったり、戦闘による死亡であったり、暗殺であったりという話は聞いた。
父親に話がついていたり、離れる前からのちの師匠との交流があるならばいいが、そうでない場合もある。そういう魔女は普通の人として周囲に紛れていることもあるそうだ。
「師匠は…ミトラさんは違います。両親が死んだ後、途方に暮れていたところやってきたのが、ミトラさんでした」
レイラはエルヴァンの魔法によって、注がれる紅茶を眺めながら答える。
ティーポットの先から出る黄金色の液体は、美しい曲線を描きながら目の前のティーカップに吸い込まれていった。
砂糖を一粒入れてから、スプーンを浮かせるとゆっくりとかき混ぜて溶かしてやる。
「それなら、本来あなたの師匠になるはずだった魔女は?」
「それもわからずじまいで…わたしが九歳の時、事件は本来の師匠と顔を合わせる前でしたから」
母親は師匠となる相手と会わせたり、話すことはなかったという。
ただし、自身は魔女であなたもそうであることと、魔女には師匠と弟子の慣習があり、十歳で預けられるということは教えられていたそうだ。
弟もいたが、母親の態度は、人の子と魔女であるレイラで異なることはなかったらしい。
魔法を教えてくれることもあったが、人の魔法使いと同じ範疇で、弟と同じような扱いだったようだ。
魔女の中には、自身の子に対して、息子と娘で態度を変える者もいるという。エリーの親がそうだったと聞いた。
「エルヴァンさん、アムリ村堕星事件をご存知でしょうか?少し話題にもなったはずですが…」
レイラは息を吹きかけて、少し冷ました紅茶に少し口をつけてからそう切り出した。
「アムリ村堕星事件…?」
言われて、エルヴァンは記憶を探る。
新聞なら王国誌と世界新聞はとっている。最近の出来事なら記憶にあるはずだ。
「ルエルテラで起こった星霊出現事件です。天文台の予測無しに星霊が出現し、村が滅びたっていう」
レイラが内容の補足を行う。
それでエルヴァンもピンときた。たしか、2.3年前にそんな事件が新聞の一面を飾った記憶がある。
「思い出したわ。当時、『天文台』、しいてはあのレティシアが星霊出現を予知できなかったって話題になった…」
星霊とは、夜空に浮かぶ星がなんらかの原因で地上に顕現した姿である。
その規模や力、特性は元の星によって異なるが、例外なく凄まじい力を持っている。
地上に降り立った際、大抵は専門家によって還されるが、時々交渉に応じない場合や暴れ回る場合がある。その場合の被害は凄まじく、
まさしく、天災とも言っていい存在。
その星霊がいつどこに出現するか、それを予測する機関が『ギャラティカ』、通称『天文台』だ。
所長であるレティシアによって運営され、ほぼ予知という精度で時期と場所と星霊の特徴を公表する。
『天文台』は世界連盟発足時に結成された機関であり、発足以来、星霊出現をほぼ外したことは無いという。
「生存者はゼロ、アムリ村は跡形もなく消え、星霊もどこかに消えた。後に『天文台』が調査した内容によれば、星霊は何者かに殺された可能性が高いとのことだったわね」
エルヴァンの言葉にレイラが頷く。
「そのアムリ村堕星事件の生き残りが私なんです。私を残して、両親や弟、村人は死にました。炎を纏った星霊によって」
そこまで聞いてエルヴァンは話が読めてきた。
「つまり、あの星霊を殺したのがミトラで、唯一生き残ったあなたを引き取ったと」
「あの日、村はお祭りで賑わっていました。弟は父と先に外に出ていて、私は母に自宅でお祭りでの伝統衣装を着せてもらっていたんです。その時に窓の外に強力な光を見ました。次の瞬間、家は消えて周りには何もなく、残ったのは咄嗟に防御魔法を発動した母と私だけでした」
「……」
「母は私の周りに強力な障壁を構築しました。私は状況が理解できず、ただただ唖然としていたのを覚えています。そんな私の頭をそっと撫でて抱きしめた後、母はその星霊に挑みました」
悲痛な声でレイラは過去を語る。当時、九歳の彼女には、いや、年齢関係なく耐え難い記憶だ。
エルヴァンは目の前の少女の瞳を見つめる。その奥には自身には計り知れない影が見えた。
「母は激しい戦闘を行いましたが、数分後に燃えてしまいました。私は障壁の中で絶望しました。私の全てだったものは数分のうちに全て無くなってしまったから」
その後の顛末もゆっくりとレイラは語ってくれた。
障壁の中で呆然としていると、ミトラがやってきたこと。激しい戦闘の後、星霊を消滅させたミトラに保護されたこと。家に連れられ彼女の弟子になったこと。
その顛末をエルヴァンは最後まで無言で聞いていた。
「その、ごめんなさい。辛いことを話させてしまって」
「い、いえ、どうせ話そうと思っていましたから。これからお世話になるわけですし…」
エルヴァンは目を伏せながら頭を下げる。その様子にレイラはあわあわしながら、やめるよう促す。
「私は大丈夫です。今回のことも、村でのことも一応整理はつけています。だから、だからこそ、エルヴァンさんにお願いしたいことがあります」
「なんでも言って」
「エルヴァンさんは私を師匠が腰を抜かすような魔女にすると言ってくれました。私はもっと強くなりたい。でも、その強さは相手を倒すだけの強さじゃ無いんです。私は、大切な人を守れる力が欲しい」
「……」
「大切なものが何かに脅かされる時、最後に一人だけで立っているの嫌です。自身の非力さに嘆く自分にはなりたくありません。だから…」
「…わかったわ。私があなたにヒトを守れる力を教えましょう」
少女の真摯な眼差しに黒猫は深く頷いた。
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