魔女の家へ
この世界は大きく分けて、五つの大陸で構成されている。
その中で最大の大きさを誇り、最も栄えていると言える世界の中心をエルヴィス大陸という。
中央大陸とも呼称され、大半の世界地図には名の通りこの大陸を中心として描かれている。最も人口が多く、多種多様な種族や民族が暮らす。
そのエルヴィス大陸
その第二都市エルネアにエルヴァンは居を構えている。
エルネアの郊外、なだらかな丘の上に建つ一軒家。
街の人々からは魔女の家と呼ばれるその建屋がエルヴァンの住居だった。
元々はエリーの住居であり、エルヴァンはエリーがいなくなった後も住み続けている。
人が住む家なので猫が1匹で住むには少々大きくはあるが、エルヴァンによっていつでも人が住めるように維持されている。おかげで意図せずにだが、人1人すぐに住まわすのは問題がなかった。
「わぁ!大きな家ですね!」
自宅前に到着し、魔女の箒から降りたレイラは見上げながらそう言った。
「そう、かしら。別に特段大きいわけでもないと思うけれど」
一方、箒から降りたエルヴァンの足取りはふらついていた。
とりあえず宿を出て自宅に戻ることとなり、レイラが箒に乗っていこうと提案してくれた。
エルヴァンは箒に乗れない。正確には操縦できない。
以前、何度やってもうまくいかない様子を見て、エリーが猫は箒を使わないからかもとの推測を語っていた。
確かに箒はもとはヒトの掃除用具で、四足歩行の猫には扱えない。関係ない気もしたが、失敗する理由はわからなかったのでそういうことにして納得した。
エリーと相乗りして以来の箒だ。ミトラや他の魔女にも乗せてもらったことはなかったので本当に久しぶりだった。
そのため、エルヴァンは自由に風を切り、飛び回る感覚を思い出して、少し胸が高鳴っていた。
別に空中浮遊くらいエルヴァンにはできる。しかし、箒には箒で飛ぶ良さがあるのだ。
だが、その期待は飛び立った直後に恐怖に変わる。
一言で言うと、レイラの操縦は酷かった。
終始上下し、ゆらゆらと蛇行し、落ちそうで落ちない。箒の名手だったエリーとは似ても似つかない動きに、移動の間エルヴァンは懸念の声を上げたが彼女は「大丈夫です!」となぜか自信満々だった。
その自信がどこからやってきているのかはわからない。ただ、何事もなく目的に到着できたことは事実だった。
「それじゃあ遠慮なく入って」
「…お邪魔しまーす」
少し落ちた声のトーンでレイラを促しながら、エルヴァンもまた、魔女らしく魔法を使用して無音でドアを開けた。
彼女はおそるおそるといった様子で入室する。
「…すごく、整理されています」
「入って最初の感想がそれなの?」
「師匠の自宅は足の踏み場のないくらいでしたから。魔女の住居とは、そういうものだと勝手に思っていました」
「別に私だから片付いているわけじゃないわよ?エリーもこのくらい綺麗にしていたわ」
戸棚の横に荷物を置いてもらい、椅子を引く。
来客用のカップを取り出し、机に置いてからエルヴァンは人と同じ目線に合わせた専用の椅子に飛び乗った。
「どうぞ座って」
「失礼、します」
軽いお辞儀をしてから、たどたどしい緊張した動きでレイラは腰掛ける。
エルヴァンの椅子はエリーの目線に合わせたものだったので、まだ少女であるレイラが座ると、エルヴァンが彼女を見下ろす形となった。
「あなた、紅茶は飲める?」
「はい、飲めます。師匠がたまに入れてくれました」
「お砂糖は?」
「一つお願いします」
レイラの返答に頷いて、エルヴァンはキッチンに目を向ける。
ポットが宙を舞い、キッチンに下ろして、備え付けの茶葉を中に入れると、魔法で生み出したお湯を注ぐ。
「すごく器用ですね。こんな繊細な操作、初めて見ました」
「あなたも練習すればこのくらいすぐよ」
褒められてエルヴァンは無意識に喉を鳴らしてから、ティーポットを机の上に移動させた。
「さて、改めて自己紹介をしましょうか。私はエルヴァン・シュラムステラ。魔女エリーの元使い魔で今は魔女を名乗っている黒猫よ。普段はだいたい魔法の研究をしてるわ。趣味は散歩。よろしくね」
「わたしはレイラ・ターコイズ、といいます。師匠…魔女ミトラの弟子で見習い魔女、です。その、よろしくお願いします」
レイラは膝に手を置いて、礼儀正しくペコリとお辞儀をした。
そこから、エルヴァンは緊張した趣と滲み出る真摯さを感じ取る。
自由奔放であった
「あの、ほんとうに師匠がすみません。突発的に動き出す人なのは知っていたんですけど、私もここまでのことは初めてで」
「大丈夫よ、ミトラがああなのはよく知っているし。責任を持って魔女エルヴァンがあなたを預かるわ」
今度はおずおずと頭を下げてから、心配そうに見上げるレイラに向けてエルヴァンは胸を張って頷いた。
「それにしても、魔女の少しっていうのは厄介ね。長く生きすぎてると感覚がおかしくなっているわ。ミトラって何歳なのかしら」
「以前聞いた時は、少なくとも500歳は超えてると聞きましたよ」
「彼女、エリーより年上だったのね…」
種族としての魔女は不老であるから、寿命では死にはしない。
そのため、ある程度年齢を重ねると相手が何歳だろうが気にしなくなる。
それでも、少女的で感情的に動くことが多かったミトラがエリーより年上なことは少し納得がいかなかった。
彼女の歳を聞くと、5年というのはそこまで長い期間ではないのかもしれない。
エルヴァンもエリーの使い魔である時、彼女の魔法と血で不老になり、50年以上生きているが、元の感覚が猫なのでとてもではないが5年の歳月は短いとは思えなかった。
それはレイラにとってはなおさらだ。
魔女の容姿は普通の人間にとっての成人ほどで変化しなくなる。
しかし、赤ん坊から大人になるまでは同様であり、大きく身体が変化する時期は、心身の面で大きな影響があるだろう。
その期間の5年は大きい。
「レイラは今何歳なの?」
「今は十二歳です。三ヶ月後に十三歳になります」
「そんな多感な時期に弟子を置いていくなんて… まったく、ミトラは…」
ため息をつきながら、エルヴァンは肩を落とす。
文句を言いながらもミトラならあり得るか、となんとなく納得できるくらいには彼女とは付き合いがあった。
「師匠は、わたしのことをどう考えているのでしょうか。身寄りのなかったわたしを引き取ってくれて、魔法に関する指導も毎日行ってくれていました。もう、わたしには興味を無くしてしまったのでしょうか」
レイラの表情に陰りが見える。
「魔女は気まぐれっていうから、ミトラに聞かないと真意はわからないけれど、それはないと思うわ。彼女、突拍子もなくて周りを振り回すタイプではあったけど、ヒトとの関係は大切にする魔女だもの。今回の件も少し食い違いがあって、伝えるのを忘れていただけでちゃんとわたしの元を訪ねて来て、あなたの面倒を見るようお願いしてきたわ。興味をなくしたなら置いていけばいいだけだもの」
悲しそうに顔を下げていたレイラにエルヴァンはそう伝える。精一杯の励ましの言葉だ。もちろん本心で言っている。もっと非人道的な魔女を知っているので、ミトラはまだ真っ当だと断言できる。
彼女はエリーというヒトとしても偉大な魔女に比べると、少々変わっているだけだ。
「魔女の多くは本来魔法というものの研究に没頭する生き物。おそらく彼女の研究の過程において譲れない何かが見つかったのでしょう。それはおそらく危険を伴うもので、弟子を連れていくわけにはいかない。そこで、わたしという素晴らしい魔女にミトラはあなたを預ければ問題ないと考えた。そうは考えられない?」
「…確かに、師匠はすぐに自己完結してしまうクセがあります。わたしに伝え忘れることも多々ありました。今回もその類でしょう」
諭すように、エルヴァンが言うと、レイラは目線を合わせるように顔を上げた。
エルヴァンの瞳に少し心の整理がついて、納得できた表情の少女が写る。
「エルヴァンさん、これからお世話になります」
「ええ、5年後、ミトラが腰を抜かすような魔女にあなたを育ててあげるわ」
再びペコリと頭を下げたレイラに対し、エルヴァンは自信ありげに微笑んだ。
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