旧友魔女は自分勝手
数分後、エルヴァンは宿屋に案内されていた。
エルヴァンは街の人々との交流は多けれど、人と暮らしたのはエリーと暮らしていた数十年のみだ。
その前は野良として生きていたし、エリーはなんと言うかズボラな人だったから参考になるかもわからない。
エリー以外の人の生活というものを知らないので、人と暮らすとなると当惑することも多いだろう。
弟子を預かるということは、エルヴァンが面倒を見るということだ。ということは、一緒に暮らすことになるだろう。
エリーがいなくなって50年ほどだが、
エリーと暮らしていた時の彼女の私物は残してあるので、生活用品にはとりあえずは困りはし無さそうだが、自身がエリー以外と生活を共にすることの想像があまりできなかった。
返事を渋っていると、ミトラは「まずは会ってみない?」と提案してきてから今に至る。
たしかに、相手のことを知らないのに答えは出せない。
「今戻ったよー」
一声かけて、ミトラは扉を開ける。
街でもそこそこの宿屋の扉は魔女らしく、魔法で音も無く開けられた。
「あ、お帰りなさい師匠」
声をかけると、机で本を読んでいた少女は特に驚いた様子もなく顔を上げる。まだあどけなさが残る少女だった。
目線はミトラの方に向いており、エルヴァンには気が付いていない。
「昔の友人に会いに行くってお話でしたよね。随分と戻るのが早いですが、もうよいのですか?」
「ああ、そのことだけど、君にも関係あることだからねー。連れてきたんだー」
そうなると当然、少女は扉の方に目を向けて、慌てて立ち上がる。
緊張の入り混じった視線を眺めながら、エルヴァンは静かに向かいのベッドに飛び乗った。パサリと布の音が鳴った。
「こんにちは、かわいいお嬢さん」
「え?」
声をかけると、少女の首が勢いよくこちらに向いた。
「喋る、ねこ、さん?」
「紹介するねー。こちらエルヴァン。私の古い友人で猫でもあるけどれっきとした魔女よー」
困惑する少女にミトラは構わず、紹介を行う。
察するにミトラはエルヴァンのことを彼女に話してはいないらしい。
それどころか魔法猫を見るのも知るのも初めてのようだ。
魔女の使い魔として過ごし、魔法を扱える猫は昔はそこそこいたのだが、現在は減ってきているらしいし、知らなくてもしかたないかもしれないが、事前に教えておいてもいいのではないのだろうか。
「驚かせてごめんなさいね。私の名前はエルヴァン、猫だけれども魔女を名乗っているわ。よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします」
なおも驚嘆の様子がおさまらない少女にミトラは声をかける。
「ほら、あなたも名乗りなさいなー。名乗りもできない魔女なんて笑われるわよー」
「え、は、はい!」
促されて少女は口を動かす。
「ええ、と。私、レイラ・ターコイズ、と言います。よろしくお願いしましゅ」
盛大に噛みながら、まだ幼さが残る少女はエルヴァンに向かって深々と頭を下げた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「あれ?言ってなかったっけ?」
「知らないですよ!今日会うご友人が猫さんなことも!喋る猫さんがいることも!」
「そっかー、言ってなかったかー、ごめんねー」
誤りはしつつもさほど気にしていなさそうなミトラ。その様子にレイラは深く息を吐く。
こういうことは日常茶飯事そうだ。
「それで、エルヴァン、会ってみてどうだい?」
「礼儀正しいし、いい子。あなたには勿体無い子ね」
冗談まじりにエルヴァンは答える。
今のは彼女の印象に対する正直な感想だ。真面目で純粋そうな彼女はとてもミトラの弟子とは思ない。今も緊張した趣でエルヴァンのことをまじまじと見つめている。
人としては好印象だ。
だが、魔女としてはよくわからない。
エルヴァンは相手の魔力をある程度は測ることができるが、レイラの魔力は平凡だった。
少ないわけではない。しかし、それは平均的な魔法使いより少し多い程度で、いったいなににミトラが興味を持ったかがわからなかった。
「それはよかったわー。それでどうー?頼まれてくれるー?」
ミトラはすぐに返答を求めてくる。
本当のところ数日は時間をもらって回答したいところだ。
だが、エルヴァンは目の前の少女に興味が湧いていた。
変わらない日常に変化を与えてみるのも悪くはないかもしれないとも思う。
「あなたの頼みでもあるし、了承するわ。まかせて頂戴」
「ありがとうー。それじゃあ、レイラをよろしくねー」
ホッとしたように手を合わせるミトラにレイラは困惑したように視線を向ける。
「え、師匠どういうことですか?」
「今から私は少し危険な地帯にいくからねー、レイラをエルヴァンに預かってもらうって話だよー」
「そんな!聞いてません、師匠!」
「あーこれも言ってなかったけー?まあ、そういうことだからー」
慌てる少女に淡々と変わらず答える師匠。
昔からどこかズレていたが、変わらないなとエルヴァンは思う。
「決まったなら、結構急ぎだから私は行くねー」
一人で話を進めるとミトラは指を鳴らす。そうするとゴトっと音がして机に麻袋が落ちた。
「当面の資金とお礼はそれねー。それじゃ、5年後くらいには迎えにくるからー。あとはよろしくー」
「え?」
「にゃ!?」
少女の声に合わせてエルヴァンも驚嘆の声をあげたが、ミトラは気にせず、そう言い残して窓を開ける。 そのまま飛び降りると箒に乗って颯爽と立ち去ってしまった。
レイラは慌てて窓に駆け寄って、空の彼方へ消えていく師匠を目で追う。呆然としながら、レイラはその姿を眺めていた。
エルヴァンも唐突な出来事に唖然としてしまう。
やがて師匠の姿が見えなくなると、レイラ泣きそうな目でエルヴァンの方を向いた。
「その…よろしく、ね?」
師匠に振り回される気の毒な少女にかける適当な言葉は、残念ながらエルヴァンには思いつかなかった。
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