第59話 厄介な『幼馴染ドリーム』

「えっ……? お母さんの方がダメだったの? 普通、こういうのってお父さんに見つかった方がマズいんじゃ……?」


 がっくりと肩を落としながらのひよりさんの言葉に驚いた僕がそう尋ねる。

 こういう時、厄介なのは父親に見つかった時で、それこそあのシチュエーションで出くわしたら相当な修羅場になっていたのでは……? と考える僕に対して、ひよりさんがため息の後に言う。


「なんて言うか、うちのお母さんは江間のことを必要以上に買い被っているっていうか……あたしとあいつが付き合って結婚までいくのを夢見てる、言わばを見ちゃってる人なんだよね……」


「お、幼馴染ドリームって……」


 随分な言い草だなと思ったが、ひよりさんの言っていることもなんとなく理解できた。

 小さな頃から家族ぐるみの付き合いをしてきた幼馴染が成長していくと共にお互いを男女として意識し、付き合うようになる……なんていうのは、結構憧れる話だ。


 我が子の成長と子供の頃の仲睦まじい幼馴染との関係を近くで見てきた母親からすれば、そういう未来を夢見てしまうというのは割と自然な話なのかもしれない。


「……ちなみに、江間と付き合ってたことをご両親に報告したりは……?」


「してない。絶対に面倒なことになるだろうから、言わないでおいた。でも、現状を考えると失敗だったかもなぁ……」


 幼馴染ドリームを持っている母親に思い通りの展開になったことを報告したら、その夢が良くも悪くも炸裂してしまうかもしれないという心配は娘の立場からしたら確かにそうだ。

 しかし、そのせいで若干厄介な状況になっている気がすると、もう何度目かわからないため息を吐きながらひよりさんが言う。


(確かに今ここで僕と付き合っていることをひよりさんのお母さんに伝えたら、間違いなく江間の話になる。そこで実は一年前から二人が付き合っていて、相手に浮気されてひよりさんがフラれたってことを知ったら……)


 情報量が多い。というより、感情の制御が追い付かなくなるだろう。

 幼馴染ドリームが炸裂した後で最悪の形で爆散するこの事実を告げたら、間違いなくひよりさんのお母さんは激しいショックを受ける。


「言えないよね、それは……」


「うん、そう、なんだよねぇ……」


 これがただの友達から彼氏という関係になって、それからその関係が終わったというのならばまだやりようはあった。

 しかし、家族ぐるみでの付き合いがあり、お互いの親とも面識があるという関係性だと、こういった問題も生まれてしまうのだと……そのことを僕たちは今、強く実感している。


「どうする? 正直に言うべきだと思う?」


「う~ん……難しい問題だし、すぐに答えを出すべきじゃあないんじゃないかな……?」


「そうだよね……少なくとも今日、話すのはマズいか……」


 先のやり取りのせいでひよりさんのお母さんからの僕への印象は悪くなってしまっただろうし、僕も全容を把握し切れていないひよりさんの家の問題もある。

 今、ここでカミングアウトするのは良くないというのが、僕たちの出した結論だ。


 今後、どこかでタイミングを見計らって話を切り出すのがベターだろうと、色々とデリケートな事情があるからこそ慎重にいこうと決めたところで、ひよりさんが問いかけてくる。


「それで……どうする? 気まずいだろうし、今日はもう帰る?」


「……いや、もう少しお邪魔させてもらうよ。ここでお暇したらができなくなったからさっさと帰る男にしか見えないだろうしさ」


「あ……」


 実際はそんなことはないのだが、ひよりさんのお母さんからしてみれば、娘が見知らぬ男を家に連れ込んでいて、しかもその娘は何故だか二人きりの家の中でシャワーを浴びているという実に怪しい状況としか思えない場面に出くわしてしまったわけだ。

 もしもここで僕が帰ったら、お母さんの目には僕が『親のいない家に上がり込んで娘といかがわしい行為をしようとしていた男』にしか見えないし、印象もそれで固定されてしまうだろう。


 既に最悪に近いファーストコンタクトになってしまったかもしれないが、少しでも悪くなった印象を和らげるためにも言動には気を付けるべきだ。

 ひよりさんのお母さんの脳内にある理想の彼氏こと江間の印象を超えるためにも、できる限りのことをしようと決めた僕へと、ひよりさんが申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。


「ごめん……その辺りのことまで頭が回ってなかった」


「ううん、気にしないで。ひよりさんの方がパニック状態だろうし、それに……」


「……それに?」


「……今言ったことは建前で、本当はもう少しひよりさんと話していたいだけなんだ。折角、恋人になれたんだし……もうちょっとだけ、一緒に居たい」


「……!!」


 建前に隠した本音を彼女へと告げれば、ひよりさんは驚いたように目を丸くした後で微笑んでくれた。

 そのまま、大きく頷いた彼女は、僕の傍に近付くと共に体を寄せ、笑いながら口を開く。


「うん! あたしももう少し雄介くんと一緒にいたいな。本当は少しじゃなくって、もっと長く一緒にいたいんだけどね!」


 嬉しそうに笑いながらそう言ったひよりさんが、僕の腕に体を預けてくる。

 緊張とときめきが半々の色々と複雑な感情と事情を抱えながらも……僕は恋人になったひよりさんと過ごす幸せなひと時を噛み締めるように享受するのであった。


―――――――――――――――

本日、18時過ぎにもう1話投稿します。

前回みたいにお話の組み立てとかでモヤっとさせてしまう部分はあるかと思いますが、目指しているのはあくまでこういう流れなんだよという部分を理解していただくためにも、次のお話を読んでいただけると嬉しいです。


あとすいません。自分、どこかでひよりさんの両親は娘が幼馴染と付き合ってることを知ってるって書いてましたっけ……?

自分の中では『二人が上手く隠してた』と『ひよりさんのご両親は家になかなかいないから把握してない』って感じで書いていたつもりだったんですけど、なんか変なこと書いてたかもしれません。申し訳ないです。




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