第55話 ただの友達は止めにしない?
「……ぬいぐるみ、大切にしてくれてるんだね」
「当たり前じゃん! そう言ったでしょ?」
からからと笑いながらそう言ったひよりさんが、立ち上がってイルカのぬいぐるみを取りに行く。
それを抱き締めながら再び僕の正面に座った彼女は、なでなでと頭を撫でつつ僕へと言った。
「雄介くんとお揃いで買った思い出のものだもん。大事に大事にしてますとも」
「あはは、そうみたいだね」
ふふっ、と僕の言葉に笑みをこぼしたひよりさんが強くぬいぐるみを抱き締める。
そうした後、不意に落ち着いた表情を浮かべた彼女は、一つ息を吐いた後でこんなことを言い始めた。
「……こういうの、今までしたことなかったっていうか、なんていうか……上手く言えないけど、その、うん……」
「ひよりさん? どうかしたの?」
段々とトーンダウンし、視線も下に落としていったひよりさんへと僕が問いかければ、彼女は大きなため息を吐いてから再び口を開く。
「……ごめん。今日、雄介くんに嘘ついちゃった」
「えっ……?」
「電子レンジが壊れちゃったとか、そういうのは嘘じゃないけどさ……別に今日、急いで取りに行く必要なんかなかったんだよ。事実、お母さんたちも家に届けてもらおうって話してたしさ」
「じゃあ、なんでわざわざ……?」
「……雄介くんを家に呼びたかったから、かな」
僕がさっきしていたように、視線を泳がせながらひよりさんが言う。
伏し目がちになりながらようやく僕の方を見た彼女は、「少し嫌な話になるかもしれないけど」と前置きをした上で話を続けていった。
「雄介くんも知っての通り、あたしは少し前まで幼馴染の江間と付き合っていて……この部屋には、あいつも来たことがあった。家に両親がいる状態だったし、受験勉強をしたくらいで特に他に何をしたってわけじゃないけどさ、でもやっぱり、ああいう別れ方をした後だと嫌な思い出が残ってる気になっちゃうんだよね。それに――」
「……それに?」
「――雄介くんは、あたしがあいつのことを忘れるまで待ってくれるって言ってくれた。あたしもあいつとのことを振り切ろうと思ってるけど、毎日過ごすこの部屋に思い出が残ってるとどうしてもふとした時に思い出しちゃう気がして……実際、そうなっちゃってる。それをどうにかしたいなって考えてた時に、こういうチャンスが来たから……利用しちゃった」
申し訳なさそうな顔をしながら僕を呼んだ理由を語ったひよりさんが、もう一度僕を見やる。
小さく息を吐いた後、彼女はぼそりと補足の言葉を付け加えた。
「本当は、これも言わない方がいいと思ってたんだけど……緊張してる雄介くんを見てたら申し訳なくなっちゃって、つい言っちゃった。本当にごめんね」
「い、いや、謝る必要なんてないよ! 別に被害を受けたわけじゃないし、気にしないで!」
色々と、ひよりさんにも思うところがあったのだろう。同時に、僕の言葉に応えようと彼女も頑張っていることがわかった。
僕が悩んでいるように、ひよりさんにも悩みはある。江間との過去をどう振り払うべきかという悩みを抱えながらも頑張っていることや、その悩みを吐露してくれたことが、僕にとっては素直に嬉しかった。
「……それで、僕が家に来たことでひよりさんの悩みは解決できそう?」
「ん……! 多分、大丈夫!! でも、この一回で何もかもが忘れられるわけじゃないかもしれないから、雄介くんにはもう何回か遊びに来てほしいかも……なんちゃって」
冗談なのか本気なのかわからない言葉を言った後、ひよりさんが照れたように言葉を付け加える。
そんな彼女の様子を見ながら少し考えた僕は、意を決すると共に口を開く。
「あのさ……ちょっと、提案があるんだけど……」
「ん? なぁに?」
首を傾げ、僕を見つめ、何を言われるのかと多少の戸惑いを見せるひよりさん。
そんな彼女を見つめながら緊張に息を飲んだ後、僕は前々から考えていたことを言う。
「その……もうただの友達は、止めにしない?」
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