第54話 初上陸!ひよりさんの部屋!

「ごめんね、お休みの日にわざわざ荷物持ちなんかさせちゃって……」


「大丈夫だよ。こっちこそ、ご飯を奢ってくれてありがとう」


「お母さんから貰ったお金だし、気にしないで! 手を貸してくれてるんだから、それくらい当然だよ!」


 そして、翌日の土曜日……僕はひよりさんと一緒に荷物の受け取りに出かけ、彼女の家に向かっていた。

 その際に軽くランチをご馳走になって、ちょっとしたデートのような雰囲気にもなっていたのだが、今はその辺りのことは考えないことにしよう。


 それなりのサイズがある電子レンジを抱えつつ、見慣れた道を歩いていく。

 ややあって、ひよりさんの家の前までやってきた僕は、扉を開いた彼女に中に入るよう促される。


「ささっ、中に入って!」


「……本当にいいの? 荷物を運ぶだけなら、ここまでで十分だと思うけど……?」


「なに言ってるの! 夏の暑い日に荷物運びをしてくれたんだから、冷房の効いた部屋で飲み物くらい出さないとでしょ? それに、あたしだって雄介くんの家に入り浸ってるんだからさ。これでおあいこだって!」


 荷物を運んだから、家の前で解散……という流れには、当然のようにならなかった。

 ひよりさんの家にお邪魔することになった僕は、案内されるがままに二階へと上がり、廊下を進んでいく。

 そうして、『入る際にはノックして!』と書かれた看板がぶら下がっている部屋の扉を開けた彼女に続いて、その中へと足を踏み入れた。


「は~い! 本日初公開! これがあたしの部屋だよ!」


「あ、えっと……お邪魔します……」


 初めて目にしたひよりさんの部屋は、まさにといった感じだった。

 中心に敷かれた丸い絨毯の上に僕を座らせた彼女は、その前に折り畳み式のミニテーブルを設置してから言う。


「じゃあ、あたしは電子レンジをリビングに運びつつ、飲み物持ってくるね! 何か要望とかある?」


「い、いや、特にはないです……」


「りょうか~い! じゃあ、暫くあたしの部屋を眺めながら待っててね!」


 そう言って部屋から出て行ったひよりさんが、階段を下りていく足音が聞こえてくる。

 その音も聞こえなくなり、無音が支配する室内に一人残された僕は、落ち着かない気分をごまかすようにひよりさんの部屋を見回した。


(……広いな。それに、全部の家具が高そうに見える)


 白とピンクを基調に整えられた部屋の光景は、さっきも言った通りに女の子の部屋という感じだ。

 ただ、こうして改めて見回してみると、ひよりさんの部屋は僕の部屋の倍くらいは広いことに気付く。


 綺麗に整頓されている勉強机の上にはノートパソコンも置いてあるし、女の子だからというのもあるのだろうが、洋服タンスもかなり大きめだ。

 僕が座っている絨毯や目の前のミニテーブルも含め、部屋中の家具からそこはかとなく高級感が漂っていることを感じ取った僕は、もしかしなくともひよりさんってそこそこお嬢様的な感じなんじゃないかなと思う。


 前々から気になっていたが、僕の家から帰る時に結構な頻度でタクシーを使ったりしていたし、両親が共働きかつ休日出勤までするということはその分家に入るお金も多くなるわけだし……と、若干下世話なことを考えながら部屋の中で一番目を引く大きなベッドへと視線を向けた僕は、その上に大事そうに置かれているピンクのぬいぐるみを見て、頬を赤くした。


(本当に大切にしてくれてるんだな……)


 僕も大切に飾っているが、ひよりさんもベッドの上に置くくらいにお揃いのぬいぐるみを大事にしてくれているらしい。

 夜は一緒に寝たりしているのかな……? なんてことを思い、イルカのぬいぐるみを抱きながらすやすやと眠るひよりさんのパジャマ姿を想像した僕がぶんぶんと首を振ってその妄想を頭から追い出したタイミングで、現実の彼女が飲み物を手に部屋に戻ってきた。


「お待たせ! 飲み物、オレンジティーで良かった?」


「あっ、うん。大丈夫、気を遣ってくれてありがとう」


 お洒落なガラス製のピッチャーの中には、アイスティーと薄切りにされたオレンジが入っている。

 やっぱり、こういう部分一つ取っても生活レベルの高さがわかるよな……と僕が考える中、これまたお洒落なグラスの中に飲み物を注いだひよりさんは、僕の向かい側に座るとニマニマと満足気に笑いながら口を開いた。


「それで、どう? あたしの部屋に初上陸した感想は?」


「ひよりさんらしいかわいい部屋だなっていうのと、緊張で落ち着かないっていうのが半々かな……?」


「あははっ! 雄介くんらしいなぁ! あたしなんか超ノリノリで雄介くんの部屋に乗り込んだっていうのに、なんか対照的過ぎて面白いね!」


 彼女からの質問に対して、正直な意見を述べた僕が緊張をごまかすようにグラスの中の飲み物を口に含む。

 程よいオレンジの風味を感じながら僕が喉を潤す中、楽しそうに笑ったひよりさんが続けてこう言った。


「いや~! あたし的にはちょっと期待したんだよね~! あたしが戻った時、雄介くんが部屋の中を物色してたら面白いな~! ってさ!」


「そ、そんなこと、するわけないでしょ!? 女の子の部屋を勝手に漁るなんて……!」


「わかってる、わかってる! あ、ちなみにあたしの下着はあそこのタンスの一番上の段にしまってあるからね! あたしが席を外した時がチャンスだよ!!」


「ぶぐっ、ふっ……!!」


 突然のカミングアウトにむせ込んだ僕が、慌てて胸を叩く。

 以前に見てしまったひよりさんの黄色い下着のセットを思い返して慌てる僕へと、彼女は少し申し訳なさ気に言った。


「ごめん、ごめん。そんなに慌てるとは思わなくって……」


「げほっ、げほっ……! 前にもツッコんだけど、慎みを覚えるって発言は嘘だったわけ?」


「いや、本気だよ! ただちょっと、雄介くんのかわいい反応が見たくって、ついついこういうことを言っちゃうだけでさ」


 そう言いながらにま~っと笑ったひよりさんが、ミニテーブルの上に頬杖を突く。

 楽しそうな彼女の顔と、ずしっ、と音を立てそうな重量感を見せながら机の上に乗っかった彼女の大きな胸を見て顔を赤くした僕は、視線を泳がせた先にちょうど置いてあったイルカのぬいぐるみを見つめながら、口を開いた。


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