第49話 絶叫マシンなんかに絶対に負けない!
「……あの、ひよりさん? 本当にこれに乗るの?」
「うん! そうだよ! 楽しみだね、雄介くん!」
ニコニコと、ひよりさんが楽しそうに笑う。
本当に……心の底から楽しみで仕方がないといった笑みを浮かべている彼女を見つめながら、それとは対照的な強張った表情を浮かべている自覚がある僕は、ゆっくりと視線を上げて目の前にある物を見た。
「た、高い……!」
白と青に塗装された、巨大な塔。
ゴウンゴウンという低い駆動音を響かせるその塔を、人を乗せたゴンドラがゆっくりと昇っていく。
見上げるほどに高くまで昇ったゴンドラは塔の頂上付近でぴたりと動きを止め、暫しの静寂が周囲を包んだ。
それから間もなくして……ゴンドラは一気に急降下し、つんざくような悲鳴が静寂を切り裂く。
「す、すごい、スピードだ……!」
「ホントだね~! 景色も浮遊感もすごそう!」
『国内最大級! 100mからの落下に君は耐えられるか!?』というキャッチコピーが書かれている看板を見た僕は、緊張感に思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
目の前にある絶叫マシン……区分的にいえば【ドロップ・タワー】という自由落下系のアトラクションを改めて見つめる僕へと、楽しそうなひよりさんが言う。
「いや~! 実はここに来るって聞いた時から楽しみにしてたんだよ~! 国内最大級でしょ? すっごいことになるに決まってるよね!」
「そ、そんなに、楽しみだったんだ……?」
「うんっ!」
ひよりさんって絶叫マシンが好きなんだな~とか、また新しい彼女の一面を知れて良かったな~という考えで現実逃避をしようとした僕であったが、絶叫マシンに乗っている人たちの悲鳴が僕を現実に引き戻した。
今からこれに乗るのか? 本当に、これに? と棒立ちになったまま、ドロップ・タワーを見つめる僕へと、不安気なひよりさんが声をかけてくる。
「あの、もしかしてなんだけどさ……雄介くんって、こういうのが苦手だったりする?」
「……お恥ずかしながら、大の苦手です」
――そうだ、その通りだ。何を隠そう、僕は絶叫マシンの類が大の苦手なのである。
家族の中で唯一、こういった乗り物を苦手としている僕は、十数年の人生の中でジェットコースターなんかにも数えるほどしか乗ったことがない。
そんな僕が、国内最大級のドロップ・タワーに挑む……無謀だ。間違いなく、大変なことになる。
青ざめている僕の横顔を見て色々と察したひよりさんは、あははと笑いながら口を開いた。
「じゃ、じゃあ、止めよっか? わざわざ苦手な絶叫マシンに乗らせるの、悪いもんね!」
そう言って僕の手を引っ張り、アトラクションの入り口から離れようとするひよりさんだったが……僕はそれを拒んだ。
驚く彼女へと首を捻って顔を向けた僕は、覚悟を決めつつひよりさんへと言う。
「いや、大丈夫……! 乗ろう。楽しみにしてたんでしょ?」
「えっ? い、いや、でも――」
「僕のことは気にしないで。大丈夫、なんとかなるさ」
先ほどこのマシンに乗ることを楽しみにしていたと言った時のひよりさんの笑顔を思い出しながら、彼女へと力強く言い放つ。
確かに絶叫マシンは怖いが……彼女のあの笑顔を壊すことに比べたら、万倍マシだ。
ひよりさんの楽しみを、僕の意気地のなさで潰すわけにはいかない。
覚悟を決めてアトラクションの入り口へと向かう僕を心配そうに見つめるひよりさんへと、微笑みを浮かべた僕が言う。
「心配しないでよ。僕だってもう高校生……ひよりさんよりずっと大きな僕が、この程度のことでどうにかなるわけないでしょ?」
「……本当? なんかもう、その発言がフラグになってる気しかしないんだけど……?」
「平気だよ! そんなに心配しないで!」
どんっ、と自分の胸を叩きながら、笑顔でひよりさんへと僕は言う。
何も心配せずにアトラクションを楽しんでほしいという想いで自分を鼓舞しながらサムズアップした僕は、彼女へとこう言葉を続けた。
「何も問題ない! 大丈夫だから! 絶叫マシンなんかにやられる僕じゃないよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! だ、大丈夫。何も問題ない。ただ落ちるだけ。ここからただ落ち――ちょっ、待っ! まだ心の準備ができてないから! カウントダウン一旦スト――うわあああああっ!? ぎゃああああっ!! ゼロになってないじゃんっ! フェイントはズルいじゃんっ! うおわあああああああああっ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「雄介くん、大丈夫……?」
「……フェイントのせいだ。あれさえなければ何も問題なかったんだ……!」
「いや、だいぶやられてた気しか……いや、何でもないよ。そうだね、フェイントのせいだね……!」
――ダメだった。なんかもう、自分でもとんでもなく情けない姿を晒したような気しかしない。
100mの高さを誇る塔の頂上に昇った時から……いや、なんだったらゴンドラに乗り込んだ時からもう嫌な予感しかしなかったし逃げ出したかった僕は、ものの見事に塔からの落下で精神をやられていた。
せめてカウントダウンの途中で落下するというフェイントをかまされなければもう少しマシだったものを……と、意地の悪い絶叫マシンの設定に恨みを抱く僕であったが、色んな意味でダメージがひどい。
未だに精神的ダメージから回復できていない僕を心配したひよりさんは、アトラクションを出て少し歩いたところにある芝生エリアに僕を連れてきて、飲み物まで買ってきてくれた。
「はい。これ飲んで、ゆっくり休んで」
「あ、ありがとう……それと、ごめん……」
情けない姿を晒してしまったことと、こうして気を遣わせてしまっていることへの申し訳なさに負けた僕がひよりさんへと謝罪する。
しかし、ひよりさんはそんな僕を見つめながら笑みを浮かべると、隣の芝生に腰を下ろしてからこう言ってきた。
「謝る必要なんてないよ。雄介くん、色々面白かったし……苦手なものもあるって知れて、逆に嬉しかったから」
「うぐぅ……」
ひよりさんにフォローされる僕であったが、この状況が逆に自分自身の情けなさを強く感じさせていた。
彼女を楽しませるはずが、こんな醜態をさらしてしまって……こんなんじゃひよりさんも楽しめなかったよなと肩を落とす僕であったが、そんな僕の頭へとひよりさんが手を伸ばしてくる。
「……ごめん。言葉選び、間違えた。そういう意味で言ったんじゃないんだよ?」
一生懸命に手を伸ばして、僕の頭を撫でるひよりさんがそう呟く。
ぽん、ぽんと子供をあやすように手を動かしながら、彼女はこう言葉を続けた。
「本当に絶叫マシンが苦手だったのに、あたしのために頑張ってくれて……すっごく嬉しかったよ。雄介くんのこと、これっぽっちも情けないとか思ってないから。むしろ、格好いいって思ってるし……あたしのことを大切に想ってくれてるんだなって、幸せな気分になれた」
ほんのりと頬を染めたひよりさんが、嬉しそうにはにかむ。
よしよしと僕の頭を撫でる彼女が、そんなふうに思ってくれたのなら救いはあるかなと……多少はその言葉に受けた心のダメージを回復させた僕であったが、ひよりさんはまだ少しやりたいことがあったようだ。
「だからさ……そんな雄介くんに、ちょっとだけお礼させて。これもあたしがしたいことだから――」
「えっ……?」
そう言って、ひよりさんが僕の頭を自分の方へと引き寄せる。
脱力していた僕はそのまま倒れ込んでしまって……気が付けば、彼女の太ももに頭を乗せた状態で寝転んでいた。
「ひっ、ひよりさんっ!?」
「しーっ……! まだ少しふらふらしてるでしょ? 慌てないで、横になって休んでよ」
予想外の事態に動揺した僕のおでこを、そっと手で押さえながらひよりさんが言う。
ドロップ・タワーからで受けたフェイントよりも不意を打たれる形で彼女に膝枕をしてもらった僕は、優しく頭を撫でられながら落ち着かない気持ちをどうにか心の中に押し込んでいた。
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