二章プロローグ・ひよりさんと僕と終わりかけのGW

第38話 連休が終わりかけたある日のお話

「本当にありがとうね、尾上くん。それと、マジでごめん!」


「謝らないでよ。別に鉢村さんが悪いことしたわけじゃないんだからさ」


 五月五日、子供の日……ゴールデンウイークも終わりに差し掛かっている今日、僕はクラスメイトの女子に頭を下げられていた。

 彼女の名前は鉢村玲香はちむら れいかさん。ひよりさんと仲のいい女子の一人で、落ち着いた性格をしている子だ。


 どうして僕がそんな彼女に謝罪されているのかと聞かれれば、話はGWが始まる前に遡る。


 連休が始まる少し前、僕は鉢村さんに彼女のバイト先である『やっぱ寿司』で短期のアルバイトをしてもらえないかと頼まれた。

 どこの飲食店もそうだが、やはりGWはお客さんが多く、それに比例して人手も足りなくなるらしい。

 そこで数日間の助っ人という形で僕にヘルプに入ってもらえないかと頼んできたというわけだ。


 ひよりさんやもう一人の仲のいい女子である熊川優希くまかわ ゆうき(元気で明るい性格をしているあの子だ)さんに頼もうかとも考えたそうなのだが、連休のハードなお店の営業についていけるか不安で止めたらしい。

 というわけで体力のある男であり程度調理の心得もある上に信頼できる人間ということで、僕に白羽の矢が立ったということだ。


 ちょうど短期バイトを探していたこともあり、僕は鉢村さんのそのお願いを引き受けることにした。

 そして連休が始まり、『やっぱ寿司』で数日アルバイトをした僕だったのだが……ここでトラブルが起きる。


 店長さんが用意した他のアルバイトが、仕事をバックレたのだ。

 困ったことにその人には連休の後半にも仕事に入ってもらう予定だったようで、連絡が取れなくなったことでシフトに穴が空いてしまった。


 この緊急事態に際して、僕は店長さんに頼まれてGW後半にもアルバイトとして『やっぱ寿司』で働くことになったのである。


 そのせいで連休の大半が仕事で潰れてしまったことを、店長さんも鉢村さんも申し訳なく思っているのだろう。

 連休最終日の明日は彼女と共に早めに仕事を上がり、クラスの友達と遊ぶことになっているが……急遽、穴の空いたシフトに僕を入れてしまったことを、鉢村さんは何度も謝罪し続ける。


「本当に申し訳ない! 折角の連休だったのに、バイトで全部潰すことになっちゃって……!」


「大丈夫だって! 僕も納得して入ったわけだし、困った時は助け合うべきでしょ?」


 その言葉通り、僕は納得してアルバイトをした。突然の事態で驚きはしたが、それでも困っているお店の人たちを助けられて良かったと本心から思っている。

 しかし、鉢村さんはまだ申し訳なさそうな表情を浮かべたまま、こんなことを言ってきた。


「でもさ、高校生になって初めてのGWだったわけじゃん? 本当は尾上くんもひよりと遊びに行きたかったんじゃないの?」


「あ~……」


 そういうことか、と鉢村さんのその言葉に色々と納得する。

 彼女は僕のことだけでなく、親友であるひよりさんのことも気にかけていたようだ。


「バイトに誘った時は前半に手伝ってもらうだけって言ったのに、結局全部バイトに来てもらっちゃってさ。明日、大人数で遊ぶ時に顔を合わせるとはいえ、ひよりも尾上くんと一日くらいは二人で過ごしたかったんじゃないかなって思うんだよね……」


「大丈夫だよ。ひよりさんと話したけど、全然気にしてないって言ってたしさ」


「そりゃあ、尾上くんにはそう言うってば。ひよりもそう言いつつも残念に思ってるだろうし、私も二人の恋路の邪魔をしてしまったことに罪悪感を抱いているっていうか……悪いことしちゃったな。怒ったりしてないか、心配だよ……」


「本当に気にしないでよ! ひよりさんも大丈夫だって、そう言ってたから! 鉢村さんに怒ったり、恨んだりなんかしてないよ!」


「……ありがとうね、尾上くん。ひよりもいい男を捉まえたもんだ……!」


 そこまで言って、ようやく鉢村さんも気持ちが上向いてきたようだ。

 申し訳なさを完全に払拭できたわけではないのだろうが、多少はおどける余裕が出てきた彼女へと、僕は言う。


「ごめん、そろそろ行かないと。また明日、よろしくね」


「こっちこそよろしく! あと、バイト代に色付けてもらうことも含めて、この埋め合わせは絶対にするから! ひよりにもそう伝えておいて!」


「あはは……! 了解。じゃあね、また明日!」


 鉢村さんにそう言って別れを告げた僕は、お店を出て駅へと向かった。

 その途中に今から帰ることをラインで報告しつつ、電車に乗って……十数分かけて最寄り駅に辿り着いた僕は、見慣れた帰り道を歩きながらぼんやりと思う。


(ひよりさんが残念に思ったり、怒ったりしてるかも、か……そんなに気にすることないと思うけどな……)


 確かにこの連休の中で二人でどこかに遊びに行きたいな~、なんて気持ちはあった。ひよりさんも多分、同じことを考えていたと思う。

 急遽、助っ人として毎日アルバイトに入ることになった時、彼女も二人で遊びに行けなくなったことを残念がっていたこともまた事実だ。


 それでもそこまで気にすることはないと思うし、なんだったらひよりさんもそのことを気にしていないと思う。そういう確信が、僕にはあった。


(絶対に大丈夫だよなぁ。ひよりさん、これっぽっちも怒ってないはずだし……)


 自宅のチャイムを押しながら、僕はそう思う。

 自分で言うのもなんだが、控えめな性格である僕がここまで確信を持って言い切れるのには、ちゃんとした理由があった。


 ガチャリ、という鍵が開く音がしてすぐ、そのが満面の笑みを浮かべながら僕の前に姿を現す。

 ひよりさんが僕と二人で遊びに行けないことを残念に思ったり気にしてなどいないと、そう言い切れる理由は本当に単純明快で――


「雄介くん、お帰り! 今日もお仕事お疲れ様!」


 ――この連休中、彼女が僕の家に入り浸っているからだ。


「ただいま、ひよりさん」


「おかえりなさい! ご飯もう少しでできるから、先にお風呂入っちゃって!」


 こうしてひよりさんに出向かえてもらうことも、こういうやり取りをすることも、流石にもう慣れた。

 完全に慣れ切ったというわけではないが、初日にサプライズで出迎えられた時に比べればかなりマシになったというものだ。


 ……まあ、その時もひよりさんが「ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ・た・し?」というベタなボケをやってくれたおかげで割とすぐに立ち直れたのだが、本当に驚いた。


 いつの間にやら母と連絡先を交換し、これまたいつの間にか僕に内緒で我が家に来る約束を取り付けていたひよりさんは、この一週間毎日のように僕の家にやって来ては僕や母の代わりに夕食を作ってくれたり、家事をしてくれたりしている。

 その上、一回お泊りをしたこともあって……流石にその時は同じ部屋で寝たりはしなかったが、なんだかもう完全にひよりさんは僕の家に馴染んでしまっていた。


「今日の晩御飯は唐揚げだよ! いっぱい作ったから、いっぱい食べてね!」


「うん。ありがとう、ひよりさん。出来上がるまでにパパっとお風呂に入っちゃうよ」


「焦らなくていいからね! お仕事で疲れただろうし、ゆっくり体を休めてよ!」


 仕事に出かける時に見送ってもらったり、こういうやり取りをしていると、なんだか新婚の夫婦みたいだなってとんでもないことを考えてしまう。

 僕とひよりさんは、だ。、という言葉が頭には付くが。


(でもまあ、友達とは思えないことしてるのは事実だよなぁ……)


 しっかりと普通の友達とはかけ離れていることをしている自覚を持っている僕はそんなことを思いながら、お風呂の中で苦笑するのであった。



―――――――――――――――

お待たせしました!第二章、開幕です!

この章では二人の友達を登場させつつ、雄介くんとひよりさんの仲を進展させていけたらなと思っています。

マンネリになってないだろうかとか、甘さとざまぁのバランスは大丈夫かとか、色々不安な部分もありますが……頑張ります!


元カレの出番もあまり多くせず、だけどしっかり勘違いさせた上でこの章中にトドメを刺す予定です。


皆さんからの意見を取り入れつつ、夏の始まりくらいの時期だからこその甘いお話を楽しんでいただけたら嬉しいです!


あと今日は3話更新なので、二章の始まりを楽しんでください!

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