第39話 完全に家族の一員になってる

「馬鹿息子ども~! ご飯ができたから、テーブルの上を片付けてとっとと運びな~!」


「イエス、マム! 了解であります!」


「きゃっほ~い! 飯だ飯だ~!」


 お風呂から出た僕がリビングへと行けば、そこではちょうど弟たちが出来上がった料理を食卓へと運んでいた。

 やっぱりハイテンションな二人を見つめながら髪をバスタオルで拭く僕は、そのまま家族の会話を聞き続ける。


「は~い! メインの唐揚げだよ~! いっぱい作ったから、じゃんじゃん食べちゃってね! マヨネーズとレモンも用意してあるから、好みで使って!」


「ありがとうございます、義姉さん!」


「毎日のように晩御飯を作っていただけていること、心の底から感謝しております!」


「いやいや、あたしも雄介くんにお世話になってるし、そのお礼みたいなもんだからさ! そんなにかしこまらなくていいって!」


「大丈夫よ、ひよりちゃん。その二人、感謝はしてるけど全然かしこまってなんかいないから。むしろフレンドリーに感じ過ぎてるくらいだから」


「あはは! だとしたら嬉しいです! 皆さんに歓迎してもらえてるってことですからね!」


「歓迎してるなんてレベルじゃないわよ~! もはや家族の一員よ~! ねえ、雄介!?」


「唐突に話を振らないでもらえる? びっくりするじゃん」


 ぐりんっ! と首を捻って僕へと問いかけてきた(というより強制的に同意させようとしてきた)母へとツッコミを入れる。

 そうこうしている間に食事の準備は終わり、バスタオルを干した僕も先に待っていた家族に合流して自分の席へと座った。


「お待たせ。遅くなってごめん」


「そんな謝らなくったって大丈夫だよ。さあ、食べようか!」


 笑顔でそう言ったひよりさんに合わせて、家族みんなで手を合わせる。

 全員で揃っていただきますの挨拶をした後、僕たちは楽しい夕食の時間を過ごし始めた。


「うんまいっ! この唐揚げめちゃくちゃ美味いっす、義姉さん!」


「本当ね~! ひよりちゃん、やっぱり料理上手だわ~!」


「真理恵さんの教え方が丁寧だったおかげですよ! あんまり家では揚げ物とか作らないんで唐揚げを作るのはほとんど初めてだったんですけど……みんなに美味しいって言ってもらえて、ホッとしました!」


 雅人の言う通り、ひよりさんの作った唐揚げは中から肉汁があふれるジューシーさとカリカリの食感が両立している最高の出来上がりだった。

 しっかりと醤油ベースのタレに漬け込んでおいたことがわかるくらいに味も染み込んでいて、一度火を通してからカリッと仕上げるために高温でもう一度揚げる二度揚げをするという丁寧な手間がかかっていることもわかる。


「すごく美味しいよ、ひよりさん。いくらでも食べられそうだ」


「本当!? えへへ~……! 雄介くんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいかも……!」


 僕が正直に唐揚げの感想を伝えれば、ひよりさんは嬉しそうにはにかみながらそう言ってくれた。

 本当に嬉しそうなその表情を見て僕がドキッとする中、うんうんと頷いた母が言う。


「本当にありがとうね。このゴールデンウイーク中、ひよりちゃんにはお世話になりっぱなしよ」


「いえいえ、あたしが好きでやってることですから! それに、雄介くんと相談できたから学校の課題もスムーズに終わらせられましたし、泊めてもらっちゃったりもして、あたしの方こそお世話になってますよ!」


 そんな母とひよりさんの会話を聞きながら、僕は母の衣服がしまってあるクローゼットの方を見る。

 正しくはそのクローゼットのすぐ傍に置いてある新品のカラーボックスを見つめる僕は、口の中のご飯を飲み込みながら一週間ほどで大きく変化した家の様子を振り返っていった。


(なんかもう、完全に受け入れられてるよな……いや、僕もなんだけどさ)


 あのカラーボックスは、少し前に母が買ってきたものだ。

 中にはひよりさんのパジャマや下着などのお泊りグッズが入っており、母の監視の下、厳しく管理されている。(誰かが手出しするとは思っていないだろうが)


 以前のお泊りから早数週間、ひよりさんはあれからも定期的に我が家に遊びに来てくれていた。

 そんな中いつの間にやら彼女と連絡先を交換していた母は、色々と話し合っていざという時の備えをしてくれていたらしい。


 まあ、爆弾低気圧のせいで急遽我が家に泊まることになったという前例があるのだから、備えておくことに関しては納得できる。

 のだが……問題は、ひよりさんが僕の想像以上に我が家に馴染んでいることだ。


「ごめんね、ひよりちゃん。雄介が仕事で忙しいせいで、折角の連休だっていうのにどこにも遊びに連れて行ってあげられなくって……!」


「気にしないでください! 元々、雄介くんがあたしの友達を助けるために忙しくしてるってことは知ってますし、こうしてご飯を一緒に食べられるだけで十分ですし……何より、あたしは真理恵さんたちと一緒に過ごせてすっごく楽しいですから!」


「いい人やで、義姉さんは……! ホンマ、雄介にはもったいない出来過ぎたお方や……!」


「雄介、義姉さんを悲しませるなよ? もしもそんなことがあったら、物理的に締めるからな?」


 こうして会話を聞いていると、母は完全に兄嫁に気を遣っている姑的な感じがするし、弟たちの義姉さん呼びも想像以上に馴染んでしまっている。

 僕が家にいない間、どんなふうに過ごしているんだ……? と若干ひよりさんと家族がどう休日を過ごしているのかが気になってきた僕が家族からプレッシャーを浴びせられる中、ひよりさんがフォローのために口を開く。


「大丈夫だよ、大我くん。雄介くん、あたしのことを絶対に幸せにしてくれるって言ってくれたから。ねっ、雄介くん?」


「ん……まあ、そう言ったし、そのつもりだよ」


「おい。雄介の奴、既にプロポーズ済みだったぞ」


「流石だよな、俺たちの兄者」


「ちょっと! やるじゃない、雄介! お母さんびっくりしたわよ!」


 笑顔のひよりさんが、以前に彼女へと言った僕の発言を暴露すれば、家族が一気に沸き立った。

 その反応に恥ずかしさを覚えながらも肯定した僕へと、ひよりさんがこれまた嬉しそうな笑顔を向けてくる。


 本当に幸せそうにしてくれているこの笑顔のためならば、どんなことだってしたくなるな……と彼女の笑顔を見た僕が思う中、母がひよりさんへとこんなお願いをしてきた。


「ねえ、ひよりちゃん。もし良ければなんだけど……私のこと、お義母さんって呼んでみてくれない? 本当に、気を悪くしなければでいいから!」


「もちろんいいですよ! では、失礼して……んんっ! 


 母のなかなかにヤバめなお願いを快く承諾したひよりさんが、喉の調子を整えた後で穏やかな声で言う。

 ひよりさんのその言葉を噛み締めるように目を閉じていた母は、静かに頷くと共に実に嬉しそうな声でこう言った。


「こんなにかわいい娘ができるだなんて、私はもう死んでもいい……! ああ、いい人生だった……‼」


「母さん? 母さ~ん! しっかりして~! 俺たち兄弟を残して死なないで~!」


「へんじがない、ただのしかばねのようだ」


「おい、お前ら。食事中なんだからおふざけもそこまでにしろ。ひよりさんの手料理が冷めちゃうだろうが」


「「「はいっ、すいませんでした!」」」


「ふふふふふ……! あはははははっ!」


 突発的にコントを始めた家族に僕がツッコめば、母も弟たちもそろって謝罪をした後で食事を再開した。

 ひよりさんはそんな僕たちの様子を大笑いしながら見つめている。


(もう完全に自分たちから門の中に入れようとしてる感があるよな……外堀を埋めるとかじゃない感じだ……)


 そう思いながらひよりさんの方を見れば、同じようにこちらを見ている彼女と目が合った。

 お互いにびっくりした後、噴き出してしまった僕たちは笑顔を向け合い、家族と共に食事を楽しんでいくのであった。


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