ぜ、全部バレてた……(仁秀視点)

「江間~、ラーメン屋ってこの先で合ってるか~?」


「ああ、合ってるよ。もうちょいで着く」


「楽しみだよな~! 練習後の疲れた体にラーメンが染みそうだぜ~!」


 ひよりと尾上の傘を盗んで捨てた翌日、俺はバスケ部の連中と一緒に前日と全く同じ道を歩いていた。

 部活終わりにラーメンを食べに行くことになったのだが、どうせなら昨日そうしてほしかったと思いつつ、きっと傘を盗まれて困ったであろう二人の姿を想像して上機嫌だった俺は、それを気にしないでやることにした。


 唯一の残念なところといえば、ひよりも尾上も体調を崩していなかったということだ。

 朝にちょこっと様子を確認しに行ったが、普通に元気な姿を見せていて、少しがっかりしてしまった。


 まあ、天然馬鹿な尾上は風邪を引かないということだろうと自分で自分を納得させつつ、ラーメン屋へと向かう。

 二日連続で同じ道を歩いていった俺は、お目当ての店に辿り着くと共に連れ立ってその中へと入っていった。


「到着~! 何ラーメンにする?」


「豚骨醤油の大盛りだろ! あ、でもトッピングとかあんのか……」


 食券を売る自販機の前で騒ぐ仲間たちを一瞥しつつ、店内の様子を窺う俺。

 雨が降っていた昨日と違って、結構賑わっている店内では、ラーメンを啜る客たちが騒ぐ俺たちへと迷惑そうな視線を向けていた。


 ちょっとくらいはしゃいでもいいだろうがよと思いながら、心の狭い客たちにうんざりとしていた俺は、そこでラーメン屋のオヤジがこちらを険しい顔で睨んでいることに気付いた。

 厳つい顔のオヤジは目を細めて俺の方を睨んでいて……その威圧感に思わずビクッと俺が震える中、オヤジが口を開き、声をかけてくる。


「おい、そこのお前」


「えっ? あ、お、俺……?」


「そうだよ。お前だ、お前」


 口を開いたオヤジが、重々しい口調で言う。

 てっきり、騒ぐ俺たちを注意するつもりなのだと思ったのだが、何故だがオヤジは俺だけを指名してきた。


 いったいどうして、俺だけを……? と考える俺に対して、険しい表情を崩さないオヤジが信じられないことを言う。


「お前は出禁だ。とっとと帰れ」


「は、はあっ!? 出禁!? どうしてだよ!?」


 いきなりの出禁宣告に驚いた俺は、思わず大声を出してしまった。

 騒いでいた俺たち全員が出禁と言われるのならまだ理解できるが、どうして仲間たちの中でも一番静かだった俺だけがそんなペナルティを課されなくちゃならないんだと声を上げた俺であったが、オヤジは怒りの形相を浮かべながらこう答えてくる。


「どうして、だと? とぼけんじゃねえ! てめえは昨日、ウチのラーメンを食べに来たカップルの傘を盗んでっただろうが!!」


「なっっ……!?」


 ズバリと自分のやったことを言い当てられた俺は、ショックで言葉を失ってしまった。

 いったいどうしてバレたのかと焦りながら困惑する俺に対して、鼻を鳴らしたオヤジが視線を斜め上に向けながら言う。


「小さい店だがな、ウチにも防犯用に監視カメラが設置してあるんだよ。そこにお前が傘を盗んでいく姿がしっかり録画されてたぜ」


「か、監視カメラ……!? そんなのが……!?」


「店の外からじゃあわからない位置にあるんだよ。そういう証拠があるから、犯人が来たら出禁にしてやろうと決めてたんだ。ありがてえことに、制服のおかげで近くの高校の生徒だってことはわかってたからな」


 まさかの事態に唖然とする俺へと、ラーメン屋のオヤジが威圧感を放ちながら説明をする。

 そうした後で再び鋭い視線を向けながら、吐き捨てるように言った。


「二本とも傘を盗んだってことは、使うためじゃねえな? 理由はわからねえが、あのカップルへの嫌がらせってところか? なんにせよ、お前は俺の店の客に迷惑をかけた。そんな奴に食わせるラーメンはねえ! すぐに出てけ!!」


「えっ……? マジかよ? 江間、そんなことしてたの?」


「カップルへの嫌がらせって、お前マジで何やってんの? 傘を盗むとか、普通に犯罪じゃん」


 怒鳴るオヤジに同調するように、バスケ部の連中も俺を責めてきやがった。

 オヤジの話を聞いた他の客たちも冷ややかな視線を俺へと向けてきている。


 完全にアウェーな空気になり、自分のしたことを責められ続けた俺は、この糾弾に耐え切れなくなってしまった。

 半ばヤケクソになった俺は、オヤジへと大声で叫ぶ。


「わ、わかったよ! こんな店、二度と来るもんか!!」 


 そうやって強がりつつ、踵を返す。

 さっさとこの場から逃げ出したかったのだが、そんな俺の背中にラーメン屋のオヤジが声をかけてきた。


「おい、ちょっと待て。金、置いてけ」


「はぁ!? 金って、なんの金だよ!? 俺、ラーメンを頼んでなんか――」


「お前が盗んだ傘の代金だよ! 次にあのカップルが店に来た時、渡しておいてやる。お前が盗んだ物なんだから、弁償して当然だろうが!」


「ぐぅぅ……っ!」


 怒鳴るオヤジの威圧感と、部活の仲間や他の客たちから浴びせられる冷ややかな視線に何も言い返せなくなった俺は、財布の中から千円札を取り出すとテーブルへと叩き付けてから全力でダッシュした。

 後ろからオヤジの大声が聞こえてきた気がしたが、振り返るつもりなど微塵もなかった俺は屈辱に歯を食いしばりながらただただ走り続ける。


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょうっ!)


 まさか、俺がひよりたちの傘を盗んだことがバレるなんて、思いもしなかった。監視カメラで隠し撮りとか卑怯だろ!?

 っていうか、ちょっとした悪戯みたいなものなのにあのオヤジ、大事にしやがって……! おかげでバスケ部の連中からの俺の評価はガタ落ちだ。


 悔しかった。腹が減った。恥ずかしかった。ムカついた。

 だけど、その感情をぶつける相手も昇華する方法も何もない。全ての負の感情を抱いたまま、俺は屈辱であふれそうになる涙を堪えて走り続けるしかなかった。


 尾上に復讐するはずが、こんなことになるなんて……マジで最悪だ。

 バスケ部の連中にはどうにか口止めしておかないと、学校での評判まで落ちてしまう。


 そんな不安に苛まれながら家に帰った俺は、どうにか部活の仲間たちにお願いしてこの事件を黙ってもらうことに成功した。

 ……のだが、傘代が千円では足りなかったため、自分たちがオヤジにその分を補填する羽目になったとキレられ、またしても仲間たちからの信用を失ってしまったのであった。

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