大切にされるのって、こんなに幸せなんだ……(ひより視点)
「むふ、ふふ、むふふふふふふ……!」
自分でもびっくりするくらいに気持ちの悪い笑い声がお風呂場に響いた。
それを自覚していながらも止めることのできないあたしは、温かいお湯の中で足をバタバタと動かしながら随分と大きな独り言を呟く。
「雄介くんってば、本当に……! 本当にもう! って感じなんだから、もうっ!!」
そう叫んだ後、頭の天辺までお湯の中に体を沈めたあたしは、息の限界まで潜った後で思い切り立ち上がる。
ざぱぁんっ! という音と共にお湯が波打ち、立ち上がる勢いによって風呂の中のお湯が飛び散る中、落ち着かない気持ちを抱えたまま再び座り込んだあたしは、ニマニマと笑いながら今度は小さな声で独り言を呟いた。
「誰にも見せたくない、かぁ……! 本当に、なぁ……!!」
ラーメンを食べて、降りしきる雨の中を相合傘で移動して、バス停で服が透けてることに気付いて……そんなあたしに自分の制服を差し出しながらの雄介くんの言葉を、何度振り返っただろう。
そこまで気遣いの連続であたしを優先してきた彼が唐突に自分の気持ちを主張してきた時には驚いたが、なんだかもう、そんな必死な雄介くんがかわいくて愛しくて堪らなかった。
「いっちょ前に彼氏みたいなことを言ってさ~……本当にかわいいんだから……!」
他に誰にも見せたくない……本当にかわいい独占欲を発揮した雄介くんのその言葉は、あたしの胸に深く突き刺さった。
あたしに自分のブレザーを着させ、透けたシャツを隠させながらバスに乗り込んで、移動の最中もずっと周囲を警戒して……。
タクシーに乗り込むその瞬間まで気を遣い続けてくれた雄介くんは、結局、自分の制服をあたしに貸したまま別れてしまった。
寒かっただろうに、あたしの下着を誰にも見せたくないという独占欲を優先した彼のことを思い返すと、ついつい笑みがこぼれてしまう。
だが、それ以上に……あたしは今、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「大切にされてるなぁ、あたし……! ふっ、ふふふふ……っ!」
最初に傘をあたしに使わせようとしたり、相合傘の最中にあたしが濡れないようにしてくれたり、ブレザーを貸してくれたり……今日の帰り道だけで、雄介くんの優しさをいっぱい感じることができた。
その優しさの一つ一つを感じる度に、心臓がどくん、どくんと高鳴って……どうしようもなく嬉しくなってしまったことを覚えている。
自分は濡れてもいいから、あたしに少しでも広く傘を使ってほしい。
寒さを感じようとも、あたしの恥ずかしい姿を不特定多数の人間に見せたくなんかない。
帰るのが遅くなり、濡れる時間や寒さを感じる時間が長くなろうとも、あたしのことを優先したい。
雄介くんの下心のない優しさが、気遣いが、思いやりが……あたしに、大切にされているという実感を味わわせてくれた。
その実感は暖かい幸せへと形を変えて、どうしようもない幸福感をあたしの中に広げ続けている。
多分、仁秀に裏切られて間もない今だからこそ、というのもあるのだろう。
寒い日に食べるラーメンが美味しく感じられるように、雨で冷えた体を温めるお風呂が普段以上の温もりを与えてくれるように、信じていた相手に裏切られた直後だったからこそ、雄介くんからの優しさがずっと温かく感じられた。
浮気してあたしを捨てた仁秀とは真逆の、あたしのことを大切にしたいという気持ちが……雄介くんの一つ一つの行動からじんわりと伝わってくる。
それが本当に幸せで、温かくて、あたしに幸せを感じさせてくれている。
嬉しくて泣きそうになるくらいに……今、あたしは幸せだ。
「本当にもう、落ちてるどころの話じゃないって……! ヤバいって、あたし……!」
好きな人に大切にしてもらえるのって、こんなに幸せだったんだ。
あたしだけに向けられる優しさも、独占欲も、温もりも、もっともっと感じていたいと思ってしまう。
同時に、この幸せを雄介くんにも味わってもらいたいとも思う。
どくん、どくんと脈打つ鼓動がどんどん強くなって、温かな何かが体の中で広がることを感じたあたしは、もう一度お湯の中に体を沈めた後で浮かび上がり、呟く。
「本当に、大好きになっちゃってるなぁ……」
どうやらあたしは自分が思っている以上に雄介くんのことが好きになっているらしい。
相合傘をしてる時も「当ててんのよ」攻撃を仕掛けたが、心の中では緊張でガチガチになっていたこともバレてないだろうか?
こう考えるとだが……傘を盗まれたことは、むしろラッキーだったのかもしれないと思う。
おかげで雄介くんの優しさを降りしきっていた雨以上に感じることができたし、そのおかげでとても甘くて温かい幸せを感じることもできた。
おまけに傘を返すという名目でもう一度あのラーメン屋さんに行く口実もできたわけだし、ほぼ確定的にデートの機会をもらえたことも喜ばしいことだ。
あたし的にはかなりハッピーな時間を過ごせたわけで、その点については傘泥棒に感謝しよう。
ただし、だからといってやったことを許すわけではない。
普通にムカついたし、犯人がわかったら股間を蹴り上げてやりたい気分だ。
それに、万が一にもこれで雄介くんが体調を崩したりしたら、犯人を絶対に許せなくなる。
一生かけても呪い続けてやるからなと思いながら立ち上がり、お風呂を出たあたしは、十分過ぎるくらいに温まった体をバスタオルで拭きながら、この後に自分がすべきことを口にした。
「制服、ちゃんと乾かして綺麗にしておかないとね。明日、雄介くんに返すんだからさ」
借りた物はちゃんとした状態で返す。人として当たり前のことだ。
雄介くんから借りたブレザーもしっかりと綺麗にして、彼に返さなくては。
乾燥させて、アイロンをかけることも考えて、ちゃんとした状態で保存しておこう。
あたしの手入れが不十分だったせいで雄介くんが学校で恥ずかしい目に遭うだなんてことがないように……と考えたところで、あたしはふとこんなことを思った。
「なんかこれ、お嫁さんみたいじゃん……」
まるで旦那さんのスーツを手入れする奥さんみたいだなと思いながら、にんまりと笑う。
今、家に自分以外の誰も居なくて良かったと思いながら……あたしは雄介くんの制服を綺麗にすべく、ルンルン気分で動くのであった。
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