そんな姿、他の誰にも見せたくないから

「バス、あと十分くらいで来るみたい……ぶふっ!?」


「雄介くん!? ど、どうしたの、急に!?」


 ひよりさんへと報告しながら彼女を見た僕は、その姿に驚いて噴き出してしまった。

 僕のその反応にひよりさんも驚いてしまって、慌てた彼女がこちらを見やる中、言いにくいことだけれどもと咳き込みながら僕が理由を伝える。


「いや、その……シャツが透けて、下着が……」


「へっ? あっ……!!」


 僕に言われて、ひよりさんも自分の状態に気付いたようだ。


 吹き荒ぶ雨によってびっしょりと濡れたシャツは体に張り付いていて、その下に隠れているひよりさんの下着や肌が透けて見えてしまっている。

 大きな曲線を描く肌色と、それを覆うピンク色の下着をばっちりと見てしまった僕は、堪らない恥ずかしさに手で口を覆って視線を逸らすことしかできずにいた。


「うっわ~……! まあ、結構濡れちゃったし、当然っちゃ当然かぁ……」


「ごめん。見るつもりはなかったんだけど、事故で……」


「雄介くんが謝ることないって! ラッキースケベだって思いなよ! それにほら、あたしが嘘吐いてないって、これで証明できたでしょ?」


 「ラーメン屋で言った通り、ピンク色の下着だよ~!」とおどけながら、透けたシャツに覆われている自分の胸を見せつけてくるひよりさん。

 確かに嘘は吐いていなかったが、これでだなんて思っちゃいけないよなと考える中、ひよりさんが言う。


「ま、見られたのが雄介くんだけで良かったよ! むしろほら、あたしとしても自分の武器をアピールできたから、これはこれでラッキー? みたいな?」


「許してもらえたのはありがたいけど、その恰好はマズいでしょ? この後、バスに乗るんだしさ……」


「う~ん……そこはほら、タオルをこうすればどうにかなるよ!」


 そう言って、自分の胸に広げたタオルを乗せたひよりさんが僕へと言う。

 確かにそれで胸の大部分は隠せてはいるが、角度によってはピンク色の下着や肌色の胸が見えてしまっている。

 何より、それで隠せるのは胸の部分だけで、背中や肩といった部分は全く隠せていない。


 この状態で、人が大勢乗っているバスに乗るのか……と考えて居ても立っても居られなくなった僕は、自分のブレザーをひよりさんへと差し出しながら大声で言った。


「少し濡れてるけど、これ使って! 隠そうと思えば、それで全部隠せるはずだから! 服を手で押さえてる間は僕がひよりさんの荷物を持つから、とにかく体を隠すことに専念して!」


「えっ!? だ、駄目だよ! 気遣いはありがたいけど、そうしたら雄介くんが薄着になっちゃうじゃん! いくらバスの中とはいえ、濡れた体で薄着になったら寒いでしょ?」


 僕とひよりさんには30㎝以上の身長差がある。ブレザーのサイズもそれに見合ったサイズ差があって、普通に着ればぶかぶかだ。

 だけど、そのサイズ差を上手く使えば、今のひよりさんの無防備な格好も隠せるはず。普通に羽織るのではなく、体を隠すように深く着込めば大丈夫だと言う僕へと、ひよりさんが慌てて反対意見を述べる。


 確かに少し寒いけど、それはひよりさんの方がひどいはずだ。

 何より、これはただの気遣いではないと……そういう気持ちを抱く僕は、バスが来るまでに彼女を説得すべく、真っすぐに気持ちをぶつけていった。


「これは気遣いって言うより、僕がそうしてほしくて言ってるんだよ! ひよりさんが僕に風邪を引いてほしくないから相合傘をしようって言ったのと同じ!」


「いや、それも気遣いの一環でしょ? 気持ちはありがたいけど、タオルで隠すので十分――」


「そうじゃなくって! 僕が嫌なの!」


「えっ……?」


 あくまで僕を気遣ってブレザーを返そうとするひよりさんに、大声で応える。

 今の自分がひどい顔をしていることは自覚していたが、今度は顔を逸らしちゃ駄目だ。ちゃんと、言わなくちゃ。


 さっきの言葉に驚くひよりさんを見つめ返しながら、込み上げる恥ずかしさをぐっと堪えながら、僕は彼女の目を真っすぐに見つめ、こう続ける。


「ひよりさんは平気かもしれないけど、僕が嫌なんだよ。その……ひよりさんのそんな恰好、他の誰にも見せたくない。他の誰にも見せないように、隠してほしい。だから、僕の上着を使ってほしいんだ」


「……!?」


「だからこれは、気遣いって言うより……僕の我がままだよ。何を言ってるんだって話だけどさ……」


 本当に、自分でも何を言っているんだって思う。

 彼氏でもなんでもないただの友達が、いっちょ前に独占欲じみたものを見せるだなんて、気持ちが悪いではないか。


 それでも、やっぱり本音を隠したりはできないし、今のひよりさんを大勢の人たちの前に出して、注目させたくはない。

 これなら普通にお願いした方が良かったんじゃないかと後悔し始めた僕であったが、一瞬、俯いた隙にごそごそと音がして、驚いて顔を上げた僕へとひよりさんが声をかけてくる。


「えへへ……! ぶかぶかだぁ。雄介くんって、やっぱり大きいね……!」


 僕のブレザーを羽織り、頑張って袖を通したひよりさんが柔らかな笑みを浮かべながら言う。

 自分で自分を抱き締めるようにキツくそれを着こみ、胸だけでなく体全体を覆い隠したひよりさんは、どこか嬉しそうに笑っていた。


「雄介くんがそう言うのなら、仕方ないよね。ありがたく使わせてもらうよ」


「あ~……うん、良かった。濡れてるけど、寒くない?」


「大丈夫だよ~! こうしてると、なんだか雄介くんに抱き締められてる気分になるしさ……!」


 薄目で僕を見つめながら、ひよりさんがどこか甘さを感じる声で囁く。

 その場面を想像して恥ずかしくなった僕は、今度こそ耐え切れなくなった羞恥に顔を赤らめながら、嬉しそうなひよりさんから目を逸らすのであった。

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