第35話 きっと、もっと、好きになる
ヘアゴムを買った後は本屋に行って、見たばかりの映画の原作小説やコミカライズの一覧を見たりして過ごした。
その後もショッピングモールを適当にぶらつきながら話をして、喉が渇いたら休憩所で自動販売機から飲み物を買って、その話の中で出たお店に行ってまた楽しく過ごす。
そんなふうに過ごしていたら、あっという間に時間が経っていた。
現在時刻、午後六時……夕焼けの赤と夜の闇の黒が入り混じる空を見上げながら、僕たちは最寄り駅に降り立った。
「あ~、楽しかった! このまま帰るのがもったいない気分だよ! どうせ明日もお休みだし、雄介くん
「流石に駄目だよ。ひよりさんのご両親だって心配するし、今日は早めに帰らないと」
「ちぇ~……! 残念だな~……!!」
駅から出て、タクシー乗り場をスルーして……今日は何も言わずとも当たり前に、僕がひよりさんを家まで送る流れになっている。
このまま帰るのがもったいないというのは僕も同じ気持ちだ。だからこうして、もう少しだけ彼女と話していたい。
できる限りゆっくりと時間をかけて歩きながら、今日のデートについて話をしていく中、不意に微笑んだひよりさんがこんなことを言ってきた。
「……やっぱり優しいね、雄介くんは。うん、本当に優しい」
「そうかな? ひよりさんを送ってるのも僕が話したいからで、100%親切心からってわけじゃ――」
「そうじゃなくって……ふふっ! 自分のことには鈍いんだから!」
てっきり、今の言葉はこの状況のことを言っているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
くすくすと笑ったひよりさんは、僕を優しい目で見つめながら口を開く。
「身長差も歩幅の差もあるのにさ、あたし、全然苦労して歩いてないよ。雄介くんがあたしの歩くペースに合わせてくれてるおかげでね」
「それはほら、慣れてるんだよ。弟とか母さんと一緒に出かけることが多かったから、そういうのが習慣になってるだけ」
「当たり前に誰かを気遣ってあげられること、それを優しさって言うんだよ。雄介くんは謙遜してるけどさ、その優しさは間違いなく雄介くんのいいところだって」
唐突な褒め殺しに気恥ずかしさを感じた僕が視線を逸らしながら頬を掻く。
急にどうしたんだろうと思う僕へと、微笑みを浮かべたままのひよりさんは話を続けていった。
「まだ雄介くんと知り合って間もないけどさ、あなたのいいところはいっぱい見つけられたよ。優しいところも、家族想いなところも、誰かのために一生懸命になれるところも、全部素敵だと思う」
「あ、ありがとう。そこまで褒められると、緊張しちゃうな……」
「ふふっ! とは言いつつも、ダメなところも見つけちゃってるからね? そういう自分に自信がないところとか、あとは人の
「うぐっ……!」
上げてから落とされたことにショックを受けた僕ががっくりと項垂れる。
ひよりさんに悪気はないだろうし、傷付けるつもりもないんだろうが、やっぱりダメな部分をダメと言われるのは堪えるなと思う中、彼女はこう言葉を続けた。
「でもさ、そういうふうに雄介くんのいいところも悪いところも知れて、本当に嬉しいと思ってるよ。好きなバスケット選手も、食パンに何を塗るかも、どんな服を着てるのかも……あなたの色んな部分を知る度に、どんどん好きになってく。それで、もっともっと雄介くんのことを知りたいって、そう思うんだ」
「………」
「……もう、今度は焦らないから。雄介くんとも、自分自身とも、しっかり向き合っていく。あなたに好きって思ってもらえるような女の子になれるよう、頑張るから」
夕焼けに照らされるその笑顔はとても眩しくて、輝いて見えた。
そんなひよりさんの言葉を受けた僕も、彼女へと自分の意思を伝える。
「……もう十分、僕はひよりさんのことが好きだよ。僕もちゃんとひよりさんと向き合って、頑張っていくから」
「そっかぁ……じゃああたしたち、両想いってことだねぇ……!」
「そうだね、両想いだ」
――とても不思議な関係だと、改めて思う。
好きだけど恋人じゃない。友達だけど仲良くなりたいとお互いに思っている。だから、傍に居たい。
今でも十分にひよりさんのことは好きだけど、ここがピークじゃない。
もっと、もっと、もっと……彼女のことを知っていくほどに、彼女のことを好きになっていく自分がいることを確信している。
そこから先は二人して黙ったまま歩いていたけど、とても心地よい時間だった。
程なくしてひよりさんの家に着いてしまったけれど、少しも惜しさとか悲しさとかはなくて……彼女もまた、笑顔で僕に別れを告げる。
「昨日、今日と本当にありがとう。すごく楽しかったよ。真理恵さんたちにもありがとうございましたって伝えて」
「こっちこそ、本当に楽しかったよ。ひよりさんさえ良ければ、また遊びに来て。家族みんなで歓迎するから」
そう挨拶をしてから、家の門を潜って玄関へと歩いていくひよりさんに背を向ける。
家への道を少し歩いたところで、背後から声が響いた。
「雄介くん!」
振り返った僕が見たのは、今しがた通ったばかりの門まで戻ってきたひよりさんの姿だった。
満面の笑みを浮かべて、本当に幸せそうな笑顔を見せてくれている彼女が、手を振りながら僕へと言う。
「また、学校でね!」
「……うん。また学校で」
それだけ言って引っ込んだ彼女へと、僕も小さな声で呟く。
明後日になれば、またひよりさんに会える。それを楽しみに、明日を過ごそう。
日もすっかり沈んで、真っ暗な闇が広がりつつあったけれど……僕の心は、夜の闇とは裏腹に明るく輝いている。
次に会った時、何を話そうか? まだ別れて数分と経っていないのに、もう学校でひよりさんと会った時のことを考えている自分の浮かれ具合に苦笑しながら、僕は家族が待つ家へと歩いていくのであった。
―――――――――
明日で一章のお話は終わりになります。
どうか最後まで楽しんでください。
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