第34話 ひよりさんにプレゼントを贈ろう

 待ち合わせの時にこそばったり遭遇してしまった江間とのいざこざのせいで嫌な感じになってしまったが、その後のひよりさんとの休日デートは楽しく進んだ。


 電車に乗り、ショッピングモール内に併設されている映画館に行って、お目当ての映画を見る。

 映画の内容も面白くて、流石は話題作だと思いながら二時間ほどの上映を見終えた僕たちは、そのまま適当なお店で軽食を取りながら感想を話し合うことにした。


 ミステリー映画ということで周囲の人たちにうっかりネタバレにならないように注意しつつ、良かったシーンなんかを語り合う。

 その最中、映画の話題が一区切りした段階でひよりさんが僕の格好を見ながら言った。


「そういえばだけど、雄介くんの私服を見るのってなんだか新鮮な気分だね。部屋着はちょこちょこ見てたけど、お出かけする時の格好は初めて……あ、違うか! これで二度目だ!」


「そうだね。最初にハンバーガーを奢った時も私服だったからね」


「お恥ずかしい話です。その時はあんまり気にしてなかったけど……うん、似合ってるね。すっきりしてて、格好いいよ!」


「あ~……ありがとう。女の子にそうやって褒めてもらったことがないから、なんか恥ずかしいね」


 特におしゃれといった自覚はないし、実際に洒落てる格好というわけではないのだが、女の子に隣を歩いても恥ずかしくない服装だとは思ってもらえているらしい。

 黒のジャケットに白のプルパーカー。下半身はその中間色であるグレーのデニムパンツにシンプルなスニーカーを合わせた地味な格好ではあるが、合格点を貰えたことに安心した。


「ひよりさんの方こそ、すごくかわいいよ。その服、似合ってると思う」


「えへへ~! ありがとうね!」


 褒めてくれたお返しというわけではなく、一目見た時から思っていたことをこの機に乗じてひよりさんへと言えば、彼女は嬉しそうにはにかんでくれた。

 白い短めのワンピース(チュニックというんだっけ?)は袖や裾の部分に半透明のレースが付いていて、エスニックな花柄模様が目立ち過ぎない程度にかわいらしさを引き立ててくれている。

 下はライトブラウンカラーのショートパンツで、こうして改めて見ると少し露出が多いことに気付いて、一人でドギマギしてしまった。


「この服、結構お気に入りなんだよね~! お尻を軽く隠してくれるから、ケツのデカさがごまかせるしさ。ただ、で縛らないとシルエットが広がって、太って見えちゃうのが悩みかな~?」


「あ~、そういう問題があるのか。胸が大きいと大変だね」


「そうなんだよ~! 別に強調してるつもりはないのに、こういう形になっちゃうんだよね~……」


 ちょいちょい、と胸の下で紐で縛り、シルエットを絞っている自分の服装を見せつけながらのひよりさんの言葉に、頷きながら女の子の大変さを感じ取る。

 これは胸やお尻の大きい女の子の永遠の悩みなのだろうなと、理解を示しながらもそれはそれとしてやっぱり私服姿のひよりさんはかわいいなと思いながら彼女を見つめれば、恥ずかしそうな笑顔がリアクションとして返ってきた。


「もう……見つめ過ぎ。冷房効いてるのに、熱くなってきちゃったじゃん……!」


「あ、ご、ごめん……」


「……別に嫌じゃないよ。本気でかわいいって思ってくれてることがわかって、嬉しいしさ」


 恥ずかしいけど嬉しいと、そう言ってくれたひよりさんの言葉に今度は僕が熱さを感じる番だった。

 そうした後、このおめかしも僕のためなんだよなと再認識したところで嬉しさと恥ずかしさが込み上げてくる中、イチゴタルトよりも甘い空気を振り払うようにひよりさんが言う。


「こ、この後、どうしようか? どこか行きたいところとか、ある?」


「えっと……さっき見た映画の原作小説が気になったから、本屋を見に行かない?」


「いいね! 他にもシリーズがあるだろうし、コミカライズもあるっぽいから、あたしも見てみたいと思ってたんだ!」


 そうと決まれば、といった感じで僕はグラスに残っているアイスコーヒーを飲み干す。

 ミルクもガムシロップも大して入れていないのに、どうしてだかとても甘く感じるそれを飲んだ後で店を出た僕たちは、ショッピングモール内にある本屋へと向かっていたのだが、その途中で僕は気になる物を見つけ、足を止めた。


「あ、これ……」


「ん? どうしたの、雄介くん?」


 不意に足を止めた僕へと、ひよりさんが声をかけてくる。

 そうした後で僕が見ている物へと視線を向けた彼女は、少し驚きながら口を開いた。


「ヘアアクセサリー? これがどうかしたの?」


「今朝、ひよりさんが言ってたことを思い出してさ。髪が伸びてきたって、そう言ってたでしょ?」


「ああ……!」


 髪が伸びてきたけど、今すぐに切るのもこのまま伸ばし続けるのもなんか嫌だ。

 そんなひよりさんの言葉を思い出した僕は、ヘアゴムやシュシュが並んでいる棚を見つめながら彼女へと言う。


「それなら、こういうのを使ってちょっとイメチェンするのはどうかなと思ってさ」


「なるほど……! 確かにそれもありだね!」


 あまり女の子の髪型やヘアアクセサリーに詳しくはないのだが、僕の思い付きをひよりさんはいいと思ってくれたようだ。

 軽く雑貨店の棚を眺めた彼女は、僕を見上げるとニヤリと笑いながらこう言ってくる。


「じゃあさ、雄介くんが選んでよ。あたしに似合いそうなやつ」


「ええっ!? 僕が!?」


「うん、あなたが」


 急にそんなことを言われてしまった僕は、その責任重大な役目に冷や汗を流した。

 女の子の命とも言える髪に関わる部分の決定権を任されるだなんて……と動揺しながらも、一生懸命に頭を悩ませながら棚を見つめる。


「あんまり派手過ぎるのはな……でも、逆に地味過ぎるのもそれはそれで……」


「……ふふっ!」


 ああでもないこうでもないと考えながら、ぶつぶつと呟きながら、必死に頭を悩ませてどれを選ぶかを考え続ける。

 そんな僕のことをひよりさんは楽し気に見つめていて、それがそれでまた僕の緊張を高めていた。


「よ、よし。これでどうだ!?」


「おっ、決まった? 見せて見せて!」


 ややあって、僕はシンプルな黄色のヘアゴムを選んでそれを手に取った。

 緊張しながらもひよりさんにそれを見せれば、にやにやと笑った彼女が首を傾げながらこう尋ねてくる。


「ほほう? これが雄介くんのセレクトですか! して、これを選んだ理由は?」


「あ、あんまり派手過ぎないものでかつ、ひよりさんの雰囲気に似合うものにしたいなって思って。黄色って、明るくてひよりさんにぴったりでしょ?」


「なるほど! いい理由だ!! てっきりあたしは昨日見た下着の色が黄色だから、それに合わせたのかと思ったよ!」


「ぶふっ!?」


 そう言えばそうでしたと、ひよりさんの言葉に盛大に噴き出した僕が思う。

 もしかして、黄色を選んだのも実はそのイメージが脳裏に焼き付いていたからかも……と考え、別の色を選ぼうとした僕であったが、ひよりさんはそれを許してくれないようだ。


「よし! じゃあ買ってくるね!」


「あっ、ちょっと待って! 折角だし、僕がプレゼントするよ」


「えっ? いいの?」


「そんなに高くないし、そもそも僕の思い付きだしね。だから、うん。そういうことで」


 上手いこと格好良くプレゼントにつなげる台詞が思いつかなかったのでグダグダになってしまったが、ひよりさんも快く受け入れてくれたようだ。

 彼女の手からヘアゴム二つを受け取ると、そのまま会計を済ませた僕は、ラッピングをしてもらったそれを改めて差し出す。


「ありがとう! すっごく嬉しいよ!」


「あはは……そんな大した物じゃないし、僕のセンスがいいとは思えないけど……」


「そんなことないって! 本当に嬉しいよ!」


 ぎゅっ、とヘアゴムが入った袋を握り締めたひよりさんが、それを胸に当てて微笑む。

 嬉しさを噛み締めているような彼女の姿を見つめる僕へと、ひよりさんは目を閉じたまま言った。


「だって、雄介くんがあたしのために一生懸命考えてくれたプレゼントでしょ? 値段よりなにより、その想いが込められてるっていうことが本当に嬉しいんだ」


 そう言いながら、またひよりさんが袋を強く握る。

 僕が彼女の言葉に恥ずかしさを覚える中、目を開けた彼女は上目遣いになって口を開いた。


「だから、ありがとう。雄介くんからのプレゼント、大切に使わせてもらうね」


「……うん。ひよりさんが喜んでくれて、僕も嬉しいよ」


 照れ臭くて、恥ずかしくて、そう答えるのが精一杯だったけれど……この気持ちに嘘はない。

 本当に嬉しそうに笑うひよりさんの笑顔を見た僕は、この笑顔を生み出せた自分自身のことを少しだけ誇りに思った。

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