第33話 嘘だ……!ひよりが寝取られるだなんて……!?(仁秀視点)

「よっしゃ! 今日は盛り上がるぞ~! 江間、お前も楽しめよ!?」

 

「もちろんですよ! 西高の女の子たちがどんな子なのか、今から楽しみです!」


 期待に胸を弾ませながら、俺は先輩に答える。

 人生初の合コン(だよな?)や他校の女の子と遊ぶというイベントに、俺の心臓は高鳴りっぱなしだ。


 先輩たち曰く、今日、来る子たちは俺の一個上らしい。

 つまりは魅力的なお姉さまが揃っているということで、同級生の彼女とは違う魅力を見せてくれるんじゃないかと期待が高まるばかりだ。


(へへへ……! やっぱ年上って胸もデカいのかな? ひより以上のデカパイがいたりして……!?)


 既に俺の中では昨日まで感じていた不安やモヤモヤが消え去っている。

 ひよりと尾上の関係は気になるが、気にし過ぎていてもしょうがない。それにきっと、家の前でごちゃごちゃしてたのは俺の見間違いだ。


 普通に考えて、出会って一週間そこそこでそんな親密な関係になるわけがない。

 ひよりだって俺のことを気にしてるだろうし、そう簡単に切り替えられるような女じゃないことは幼馴染である俺にはよくわかってるんだ。


 だからまあ、ひよりのことをくよくよ悩むのは止めた。

 それより今は西高の女の子たちとの合コンを全力で楽しむべきだと……そう思っていた俺の目に、驚くべき光景が飛び込んでくる。


「あっ! あれは……!!」


 俺たちと同じ、駅に向かっている小さな人の姿。

 十数年の人生の中で何度も見てきたあの後ろ姿は、間違いなくひよりのものだ。


「先輩、ちょっとすいません!」


「おえっ!? ちょっ、江間!?」


 先輩に一言断った俺は、小走りで少し離れたところにいるひよりの下へと駆け寄った。

 このタイミングでばったり出くわせるなんて、神様はきっと俺に味方してくれているんだろうと……そう思いながら、俺はひよりに声をかける。


「おい、ひより!」


「え……?」


 突然声をかけられて驚いたひよりが振り向き、俺の顔を見て、露骨に嫌な顔をする。

 子供っぽいその態度も今は許せると思いながら、俺はあいつと話をしていった。


「奇遇だな! どっか出かけるのか?」


「……そうだよ。見ればわかるでしょ?」


 嫌々、といった態度を前面に出しながら俺に答えるひより。

 わかりやすく意地を張っているというか、まだ怒ってるのかと思いながら、俺はあいつの服装を観察する。


 レースと薄い花の模様でさりげなく彩られている白のチュニックに、茶色のショートパンツ。

 肩からはポーチを下げていて、動きやすそうなその服装と多くない荷物を見るに、ちょっと買い物にでも行こうとしていたのだろう。


 普通にかわいい格好だと思うが、特に目を引くのは胸のすぐ下を縛る紐の部分で……その紐のおかげで胸の膨らみが強調されていて、ひよりのロリ巨乳っぷりがすごいことになっている。


 やっぱりこのデカパイを超えるサイズはなかなか現れないというか、サイズは上でもインパクトはひよりの方が上だろうなと思いながら、俺は口を開く。


「どうせお前、一人で買い物にでも行って、バイキングで馬鹿食いするつもりだったんだろ? だったらさ、俺と一緒に遊ぼうぜ!」


「はぁ? なんであんたと――」


「俺と二人だけじゃなくって、先輩たちもいるからさ! それに、他校だけど女の子たちとも合流する予定なんだよ! それだったらいいだろ? なっ?」


 前回は尾上の邪魔が入ったし、気まずい状況で二人きりになるのが嫌だからひよりも断ったんだ。

 でも、今回は大丈夫。尾上はここにいないし、先輩たちや西高の女子たちが一緒なら、気まずさもない。


 そうやってひよりを連れ出して、先輩たちの援護を借りて機嫌を直してもらって、和解できれば……今までの関係が戻ってくる。

 上手いこといけば、そのままバスケ部のマネージャーにもなってくれるかもしれないと、格好いい俺の姿を二奈と一緒にひよりにも見せられるかもしれないと考えた俺が笑みを浮かべる中、ため息を吐いたひよりが言う。


「絶対にヤダ。っていうかあたし、人と待ち合わせしてるから。もう行くね」


「いや、待てよ! 意地張ってそういう嘘とか吐かなくていいからさ!」


「意地も張ってないし嘘も吐いてないから。そういう自分に都合のいい妄想とか止めてくれる?」


「わかったよ! 待ち合わせ相手、どうせ女の子なんだろ? だったらその子も連れてきていいからさ!」


「だから……! 邪魔! 嫌だって言ってるんだから強引に誘わないでよ! いい加減にしないと大声出すから!」


 逃げようとするひよりの肩を掴んで、こっちを向かせる。その瞬間、俺はひよりの何かに違和感を覚えた。


(なんだ? なんか違う気が……?)


 ぎゃーぎゃーと騒ぐひよりの言葉を聞き流しながら、その違和感の正体を探る俺。

 でもまあ、とりあえずは先輩たちのところにこいつを連れて行って……と考えて振り向こうとしたタイミングで、どんっと体を強く押されてしまった。


「いっっ!?」


 明らかにひよりのものではない、大きな手に体を押された俺が思わず呻く。

 強引にひよりから引き剥がされた俺が顔を顰めながらそんな強引な真似をしてきた奴が誰なのかを確かめれば、そこには今、一番見たくない男が立っていた。


「お、尾上ぃ!? またお前かよ!?」


「……それはこっちの台詞だって。ついこの間、同じような真似をして注意したばかりじゃないか」


 最悪なことに、この場に大嫌いな尾上が居合わせてしまった。

 ひよりと引き合わせてくれたまでは良かったのに、どうしてこいつまで引き寄せてしまったんだとさっきまで味方をしてくれた神を呪った俺は、尾上の影に隠れるひよりの姿を見て、怒りを募らせる。


 どうしてそんな奴にくっついて、逃げようとするんだと……そう思った俺は、ずんずんと大股で尾上に近付くと奴を睨みつけながら言ってやった。


「退けよ、尾上。ひよりはな、俺と遊びに行く約束をしてるんだ。その邪魔をすんじゃねえって!」


 背はこいつの方が高いが、それがなんだっていうんだ。

 運動部にも入ってないこいつより、俺の方が強いはずだ……と自分に言い聞かせながら尾上を威嚇する俺であったが、尾上は一切動じることもなく、逆に冷ややかな視線を向けながら口を開いた。


「……そういう嘘、止めてもらえるかな。君はひよりさんと遊ぶ約束なんてしてないだろう?」


「はぁ? なんでお前にそんなことを言えるんだよ?」 


「僕が今日、ひよりさんと遊びに行く約束をしてるからだよ」


「……え?」


 一瞬で嘘を見抜かれた俺はその動揺を隠しながら威嚇を続けたが、続く尾上の言葉に思考がフリーズしてしまった。

 視線を下に移してひよりを見れば、あいつは呆れた様子で俺を見るだけで、今の尾上の言葉を否定していなくって……さっきこいつが言っていた待ち合わせ相手が、尾上であることを理解してしまう。


「は? え? ま、待てよ。あ、遊ぶって、クラスの連中とか……?」


「それを君に言う必要なんてないだろ。君の方こそ、一緒に遊ぶ人を待たせてるんじゃないのかい?」


 そう言いながら尾上が俺の肩越しに先輩たちを見やる。

 声は聞こえていないだろうが、このやり取りを見られていることを思い出した俺が血相を変える中、尾上の背中に隠れていたひよりが口を開いた。


「もういいよ、雄介くん。映画が始まっちゃうし、そんな奴は放っておいて早く行こ」


「まっ、待てよ! まだ話は――っ!?」


 そう言ったひよりに手を引かれて去っていこうとする尾上の肩を掴んだ時……俺は気付いてしまった。


 さっき、ひよりの肩を掴んだ時に感じた違和感……その正体は、匂いだ。

 ひよりの髪から、普段と違う香りがした。いつも使っているであろうシャンプーとは別の匂いがしたんだ。


 そして……それと同じ香りが、目の前にいる尾上からも漂っている。

 これはどういうことだ? どうして尾上とひよりから同じシャンプーの匂いがする? どうしてそんなことに?


 ――まさか……という思いがあった。そんなことあり得ないと思いながらも、手がぶるぶると震えていた。


(や、のか、こいつら……? そんな、どうして……!?)


 妙に親密になった男女から、同じシャンプーの香りがする。こいつらが昨日、同じ場所に泊まったことはほぼ間違いない。

 そして、同じ場所に泊まった高校生の男女がすることなんて、たった一つだ。

 信じられない、信じたくない。だけど、この感じから察するに、ひよりは尾上と――!?


「う、う、う、嘘だ。うそ、だ……!!」

 

「……悪いけど、僕たちはもう行くよ。君も休日を楽しみなね」


 ぶるぶると唇を震わせながらうわ言を呟く俺へと、冷ややかな視線を向けながら尾上が言う。

 ひよりと一緒に去っていくその背中を見つめながら……俺は、大嫌いなあいつに幼馴染を寝取られたことを悟り、絶望のどん底に叩き落された。

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