第30話 布団の中、二人きりの部屋、明かりは消えて
(ど、どうしてこうなった……!?)
こんなことを考えるのは三十分ぶり二回目、まるで甲子園を決めた野球部の解説のようだなと思いながらちらりと横を見やる。
そこまで広くない部屋にぴったりとくっ付けて並べられた二つの布団……そのうちの一つの上に寝っ転がっているひよりさんは、とても楽しそうにころころと転がっていた。
「よし、準備完了! これでいつでも寝れるね!!」
自分用の布団と僕の布団の上を交互に転がりながらひよりさんが言う。
屈託のない笑顔というか、無邪気が過ぎるその笑顔を見ていると僕が考え過ぎなのかとも思ってしまうのだが、そんなことはないはずだ。
同じ部屋の中で、若い男女が二人きり……布団は別々とはいえ、すぐ近くで寝るだなんて不健全が過ぎる。
もちろん、僕だって最初は反対した。しかし、気が付けば部屋の外に来客用の布団が置いてあったり、ひよりさんに宥められたりおねだりされたりしている間にこんな展開になってしまっていたのだ。
どうして母さんも反対してくれなかったのか……とは思いつつも、母はひよりさんに激甘だから断れなかったんだろうし、これは長男である僕を信頼してのことなのだろう。
(大丈夫、我慢できる。だって僕、長男だから)
とにもかくにも、変な気を起こすわけにはいかない。The Big Fundamentalよろしく、平常心を保ち続けよう。
そう僕が自分自身に言い聞かせる中、転がりまくっていた状態から動きを止めたひよりさんが、少しだけ上体を起こしながら声をかけてきた。
「ねえ、雄介くん。こっち来て、寝転がってみてよ」
「うえっ……!?」
平常心を保とうと数秒前に考えていたのに、その一言で簡単に動揺した僕の口から変な声が漏れる。
くすくすとそんな僕を見て笑うひよりさんの反応に誰のせいでこうなってるんだと思いながらも、変な意地を張った僕は自分の布団の上に寝転がってみせた。
「はい……! それで、これがどうしたの?」
「えへへ……! 揃って天井見上げてますな~、あたしたち」
「うん、まあ、そうだけど。それで?」
恥ずかしくてひよりさんの方を見れないというのもあるが、寝転がった僕は自然と部屋の天井を見上げる形になった。
同じく天井を見上げるひよりさんは、声を弾ませながらこう話を続ける。
「普段は身長差があるからさ、天井までの距離も違うじゃん? でも今は、同じくらいの高さに見えてる。雄介くんと同じ目線で同じものを見れてるんだな~……って、思ってさ」
確かに……寝転がった状態で上を見上げれば、基本的に目線の高さは同じだ。
別に大したことではないが、そう言われるとなんだか恥ずかしく思えてならないと気恥ずかしさを覚えてい僕の下へ、ひよりさんがころりと転がって近付いてくる。
「それに……顔も、こんなに近くに寄せられるよ。いつもよりずっと近いところにいるね」
「っっ……!?」
耳元で囁くように甘い声を出したひよりさんが、嬉しそうに笑う。
思わずそちらを向いてしまった僕は、想像以上に近い距離にいる彼女の笑顔を見て、息を飲んだ。
「前にぎゅ~~っ、ってした時以来だね、こんなに顔が近いの……」
喜びの感情が浮かんでいる瞳。楽しそうに笑っている口。ほんのりと赤く染まった頬。
普段は30㎝以上ある身長差のせいで遠くにあるひよりさんの顔が、今日はこんなにも近い。こんなにもはっきり、彼女の感情が読み取れるくらいの距離にいる。
前に抱き締めてもらった時もそうだが、今日はその時よりもひよりさんを近くに感じられた。
広々とした屋上ではなく、狭い部屋の中だからそう思うのだろうか? 密室で二人きりという状況が、僕にこんなことを思わせているのか?
そんなことを考える僕の頬に手を伸ばし、ふにふにと触ってきたひよりさんの行動に顔を赤らめながら、僕は彼女へと言う。
「そっ、そろそろ、寝ようか!? 時間も遅いしさ!」
「ん……そうだね。いっぱい食べて騒いだし、眠くなってきちゃった」
僕の言葉にふわりと微笑んだひよりさんが、頷きながら言う。
一旦立ち上がり、部屋の電気のスイッチを切った僕は、暗くなった部屋の中でドギマギしながら自分の布団へと潜り込むと、深呼吸をした。
(大丈夫、大丈夫だ。平常心、平常心……!!)
目を閉じ、心の中でそう唱え続け、自分を落ち着かせる。
こんな状況だからといって、僕に変な気を起こすつもりはない。普通に友達として、あるべき形で過ごすだけだ。
……そう、思っていたのだが――
「……ねえ、雄介くん。電気、消えたよ?」
不意に、隣の布団からひよりさんの声が聞こえてきた。
ゆっくりと目を開き、暗闇に慣れたその目で横を向いた僕が、同じようにこちらを見つめている彼女の姿に息を飲む中……ひよりさんは、どこか湿度を感じさせる声で言う。
「手……出さないの?」
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