第29話 彼シャツだよ!彼シャツ!

「雄介くん! 見てよこれ、ヤバくない!?」


「~~~っ!?」


 着替えを届けた後、自分の部屋で気持ちを落ち着かせていた僕は、そこに急に飛び込んできたひよりさんの姿を見て、声にならない悲鳴を上げた。

 ニコニコと笑う彼女は僕が渡したTシャツ一枚の格好で、かなり無防備な姿を曝している。


 僕との身長差でややぶかっとしているシャツの襟口からは胸の谷間が覗いているし、無地の白いTシャツは見事な胸に押し上げられていた。

 その状態で、身長148㎝の小さな体をそのシャツ一枚で太腿まで隠しているひよりさんは、言葉を失っている僕をにやにやと見つめながら言う。


「どうよ!? ロリ巨乳美少女の彼シャツ&裸シャツ&乳カーテンを見た感想は!? フェチ満載でえっちぃでしょ!?」


 ばっ! と腕を広げたり、ドヤ顔で胸を張ったりしながら、ひよりさんが刺激的な格好を僕へと見せつけてくる。

 その光景を目の当たりにした僕は、固まったまま何も言えずにいたのだが……彼女の右手に見覚えのある物を目にして、声を震わせながら質問を投げかけた。


「あ、あの、ひよりさん? その右手に持ってる物って……?」


「あ、うん! 渡されたハーフパンツだよ!」


 ひよりさんはそう言いながら、笑顔でシャツと一緒に置いたはずのハーフパンツを広げて見せてきた。

 あれを持っているということは、つまり今の彼女は下に何も――と考えたところで一気に羞恥を爆発させた僕は、顔を真っ赤にしながらひよりさんへと叫ぶ。


「どうして履いてないの!? なんでその状態でここに来ちゃったのさ!?」


「いや~! 鏡の前で裸シャツになった自分の姿を見たら、なんか感動しちゃってさ~! これはもう雄介くんにお披露目しなくちゃと思って、そのまま来ちゃったんだよね! あ、安心して! 弟くんたちにも真理恵さんにも見られてないから!」


「わあ、それなら安心だ! じゃあないって! そういう問題じゃないから!! その恰好、色んな意味で危険だって!」


「わかってるよ~! だからこそ、ここから飛んだり跳ねたり動いたりして、ギリギリを攻めてみたいんじゃん! どんな動きをしたら下が見えちゃうか……調査してみたくない?」


「したくない!! いいから早くズボンを履いて!!」


「はぁ~、しょうがないなあ。雄介くんがそこまで言うなら、素直にそうするよ」


「僕の目の前で履こうとしないで! あと、こっちにお尻を向けるのも止めて! 前屈みになったら見えちゃうでしょ!?」


「はっは~っ! 前屈みになったあたしを見て、今度は雄介くんが前屈みになる番、ってことかな!?」


「そういうの、もういいから! お願いだからからかうのを止めてください!!」


 できれば今すぐに部屋を飛び出したかったのだが、残念ながら廊下に続く扉はひよりさんの背後にある。

 必死に懇願した僕の願いをようやく聞いてくれる気になったひよりさんが普通にハーフパンツを履こうとする中、慌てて僕は目を閉じ、顔を背けた。


「ちなみにだけど、雄介くんは乳カーテンと乳テント、どっちが好み?」


「どっちでもいいです……普通に服を着て……」


「ん、りょうか~い!」


 最後までセクハラは忘れなかったひよりさんが、もぞもぞと動く音が聞こえる。

 僕が必死に良くない想像を掻き立ててくるその物音を必死でシャットアウトし、頭の中から雑念を追い出す中、着替えを終えたひよりさんが呑気な様子で口を開く。


「う~ん……上はぶかぶかなのに下はそうでもない。これは多分、ウエストの太さよりもお尻のデカさが原因だな……複雑な気分!」


「ああ、うん。わかったから自分で自分のお尻を叩かないで。見せつけないで……」


「ごめんね、雄介くん。サイズが違い過ぎてズボンがずり落ちちゃう的なハプニングを期待してただろうに、あたしのお尻がデカ過ぎるせいで期待を裏切っちゃってさ……」


「そんな期待してないから。僕を脳内で変態にするのは止めて」


 セクハラ兼ボケを連打してくるひよりさんに、僕は淡々とツッコミを入れる。

 服装が比較的まともになったおかげもあるが、ようやく落ち着いてきた僕が気を取り直す中、彼女はきょろきょろとしながら楽し気に僕の部屋を観察し始めた。


「ほへ~! これが雄介くんの部屋か~! うん! 想像通り、シンプル!!」


「まあ、あんまり物がないからね。面白味がなくてごめん」


「ベッドもないということは、エロ本の隠し場所は勉強机の中かな? よし、確認だ!!」


「ないから! そういうの持ってないから! 意味わからない調査をするの止めて!!」


 ひよりさんの言う通り、僕の部屋は物が少ないが故に殺風景だ。

 ベッドではなく布団派だし、大体の私物はクローゼットの中にしまってある。本当に面白味のない部屋だと自分でも思う。


 ただ、そんな部屋の中でも唯一目を引くものもあって、ひよりさんはその品の前に立つとじっと見つめながら僕へと話しかけてきた。


「この人、バスケットの選手? NBAの人だよね?」


「うん、そうだよ。もう引退しちゃったけど、僕が一番好きな選手なんだ」


 バスケットボールのプロ選手らしい、背の高い男性。

 背番号21番。黒のユニフォームを纏ったその選手の姿をひよりさんと並んで見つめながら、僕が答える。


「この人、どんな選手だったの?」


「The Big Fundamental……そう呼ばれてた。NBA史上、最高峰の選手の一人だよ」


「びっぐ、ふぁん……?」


「ビッグ・ファンダメンタル。大いなる基礎、って意味。地味だけど基本に忠実に、どんな場面でも最も効果的なプレイを見せる。相手からの挑発にも乗らず、冷静に自分の成すべきことを成す。そういうプレイスタイルを貫き続けて、常勝軍団の核として活躍し続けた選手なんだ。それでいて家族想いで性格は謙虚だから、すごく好きなんだよね」


 子供の頃から憧れているバスケ選手について語る僕の横顔を、ひよりさんはじっと見つめていた。

 不意に微笑んだ彼女は、僕を見上げながら言う。


「楽しそうだね。やっぱり雄介くん、バスケ好きなんだ」


「まあね。止めちゃったけど、嫌いになったわけじゃないから」


 前にも彼女には話したが、僕はバスケットが好きだ。

 止めたことに後悔も未練もないが、こうして憧れの選手について話すと、試合中に感じた熱い感情が胸に込み上げてくる。


「ふふふ……っ! 嬉しいね、なんか。雄介くんのこと、また一つ知れた」


「僕もこの間のデートで、ひよりさんのことを色々知れたからね。これでおあいこ……かな?」


 そうやって憧れの選手について語った僕へと、ひよりさんが言う。

 僕が彼女の好きなものを知れて嬉しかったように、彼女もまた僕のことを知って、また一歩距離を詰められたことを喜んでくれているのだろうか?


 そうだといいな……と思っていた僕だったが、話は予想外の展開に進んでいって……?


「それにしても、ビッグ・ファンダメンタルね……どんな場面でも焦らず冷静に自分の成すべきことを成す、うん! ちょうどいいじゃん!!」


「ちょうどいい? それ、どういう意味?」


 意味深なひよりさんの言葉に僕が眉をひそめれば、僕とは対照的に満面の笑みを浮かべる彼女はとても明るい声でこう答える。


「いや~! 憧れの選手みたいな冷静で何事にも動じない精神を持つ雄介くんなら、きっとあたしが何を言っても大丈夫だと思ってね!」


「……ものすごく嫌な予感がするんだけど、何を言いたいの?」


 ニコニコと、ひよりさんが楽しそうに笑う。その笑顔を見ている僕の背筋に、悪寒と共に嫌な感覚が走る。

 間違いなく、彼女はとんでもないことを言う……そんな僕の予感は正しく、ひよりさんは声を弾ませながら爆弾発言を口にしてみせた。


「あたし、今夜はここで寝るから! そこんとこよろしく!!」


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