第12話 ひよりさん、お尻もデカいんだな……

 その呟きを聞いて思わず僕がそうこぼせば、ハッとしたひよりさんが慌てて両手で口を塞ぐ。

 どうやら、声に出していたつもりはなかったらしく、自分の身長を知られた彼女は僕を睨みつけるとヤケクソ気味に言った。


「そうだよ! 身長、150㎝届いてませんよ~だ! チビで悪かったね! チビで!!」


「いや、別にそんなこと言ってないって」


「あれか? 雄介くんは背が高いから、あたしがどんなにチビでも関係ないってか? チビのくせに胸と尻だけはいい感じに育ったなとか、そんな感じか!? ええっ!?」


「そんなこと思ってないから! ストップ、被害妄想!」


「くっそぉ……!! 見てろよ! この怒りをバネに、3m越えの大ジャンプを見せてやるんだから!!」


 ビシィ! と僕に人差し指を突き付けながら叫んだひよりさんが、砂場の縁に立つ。

 腕を大きく振って勢いを付けながら、膝を屈伸してタイミングを取りながら、怒りに燃える般若の形相を浮かべながら……自身の中で燃え上がる力を最大限まで出し切った彼女は、まったくかわいくない叫びを上げながらジャンプし――


「ふんぬぅぅぅぅぅっ! おっ!? ぬぅっ!? ふぎゃっ!?」


 ――綺麗に着地に失敗し、尻もちをついた。


「ぬぐぐぐぐぐ……! いいジャンプだったのに……!!」


「ははっ! 気合が空回ったな! まあ、もう一回計測できるから、そっちは落ち着いて頑張れ! 尾上、今の記録の計測頼む!」


「わかりました」


 ぷりぷりと怒りながらひよりさんが砂場を出たところで、僕は記録用紙とペンを手に飛距離の計測に向かった。

 立ち幅跳びの場合、計測するのは最も手前に残っている跡だ。本来は踵の位置をチェックするのだが、今回は着地した後でバランスを崩し、尻もちをついてしまったため、そちらが対象になる。


 砂場に残るひよりさんのお尻の跡とメジャーの位置をチェックし、記録を確認しようとした僕であったが……そこでふと、こんなことを思ってしまった。


(……な)


 柔らかい砂場には、ひよりさんの尻もちの跡がくっきりと残っている。

 手も付かずにそのまま勢いよく地面にヒップドロップしたおかげでできたそれは、砂場に埋まった彼女のお尻の大きさをこれ以上なくはっきりと表していた。


 普段はスカートに隠れているし、そもそも意識して見ようともしなかったが……こうして見てみると、本当に大きい。

 確かに自分でも大きいと自負しているものだと納得した僕は、記録を終えて残るその跡をトンボがけしようとしたのだが――?


「――雄介くん? 何をそんなにまじまじと見ているのかな?」


 ――背後から、修羅の声が聞こえた気がした。

 人生で初めて殺気というものを感じ、驚いて振り返った僕の目に、先の怒りの形相を引っ込めて冷たい笑みを浮かべるひよりさんの姿が映る。


「記録、そんなにわかりにくかった? ず~っと確認してたよね~?」


「い、いや、え、えっと、その、あの……」


 さっきまでの怒りなど比較にならないほどの怒気が、僕の前で笑みを浮かべるひよりさんの全身から放たれていた。

 その様子に焦る僕に対して、真顔になった彼女が言う。


「……見てたでしょ、あたしのお尻の跡。私の尻拓ケツたく見て、「うわ~っ! マジででっけぇ~! 身長148㎝のチビなのにこんなにケツがデカいの、マジで草なんだけど~! っていうか、こんなデカケツだから着地もまともにできないくらいにバランス崩すんだろうな~!」とか思ってたでしょ!?」


「い、いや、流石にそこまでは思ってないって!!」


「……そこまでは、ってことは、ちょっとは思ったんだ?」


「あっ……!!」


 しまった、と僕が自分の失言を後悔した時には、もう遅かった。

 握り締められたひよりさんの拳がぽかぽかと背中に降り注ぎ、僕は罵倒してくる彼女へと謝罪の言葉を連呼する羽目になる。


「雄介くんの変態! 尻フェチ! ノンデリお尻星人!! ば~か! ば~か! ば~~かっ!」


「痛い痛い痛い! ごめんっ! そ、そんなつもりはなかったんだけど、なんか目に留まっちゃって――!」


「無意識に人のお尻をデカいとか思うな!! 自分でネタにしたりチラ見されるくらいならいいけど、あんなまじまじ見られたら……流石に恥ずかしいんだからねっ!?」


「仰る通りです! 本当にごめん! 許してください!!」


 今回に関しては完全に僕が悪い。誠心誠意謝罪するしかない。

 やがて、怒りと恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら僕の背中を叩くのを止めたひよりさんは、頬を膨らませながら口を開いた。


「……購買のプリン、一週間奢って。それで許してあげる」


「は、はい……! 許してくださって、ありがとうございます……!」


 今回の失態を許してもらえるのなら、その程度は安いものだ。

 腕を組みながらこちらを見つめるひよりさんと、そんな彼女に深々と頭を下げる僕という何とも面白い光景を目の当たりにした田沼先生は、がっはっはと大きく口を開けて笑いながら言う。


「はははははっ! これが本当のというやつか! まあ、つい目で追ってしまうくらいの尻なんだ。乗っかられてる尾上もなんだかんだで嬉しいんじゃないか? あははははははっ!」


 ――前言撤回、この人は悪い人でも変な人でもなく、教師としてどころか人として問題がある、とんでもない馬鹿だ。

 その発言にひよりさんの機嫌がまた少し悪くなったことを感じる僕は、何があっても田沼先生が顧問を務める部活には入らないぞと、頭を下げながら固く誓うのであった。


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