第11話 スポーツテスト、(と部活の勧誘)面倒だな……
(本当に面倒だな、スポーツテストって……)
時間は過ぎて、四時限目。本日の体育の授業は、朝にひよりさんと話していた通りスポーツテストを行うことになった。
三回の授業に分けて行われるテスト。初回の今日は運動場を使っての50m走、ハンドボール投げ、立ち幅跳び、ついでに握力検査を行うことになっていた。
残りは体育館を使って行う種目と、みんな大好きシャトルラン。
誰もが思うことだが、ただ走ったり跳んだり投げたりするだけというのは意外にも面倒くさいものだ。
ただ、ありがたいことに僕たちのスポーツテストは、体育を担当する先生たちが総出でやってくれるおかげで意外とスムーズに進む。
早めに計測が終わったら教室に戻って自習していてもいいということもあって、僕たちは各々の記録用紙を手に、早めに面倒事を終わらせようと真面目にスポーツテストに取り込んでいた。
……の、だが――?
「尾上、どうしても気持ちは変わらんか? なあ?」
「はぁ~……」
これで何度目だよと思いながら、立ち幅跳びの計測を行っている砂場の横でため息を吐く。
熱心に話しかけてきているのは体育教師にして、バスケ部の顧問である田沼先生だ。
「前々から注目していたが、やはりお前の身体能力はピカイチだ! その身長とジャンプ力があれば、すぐにでもうちのエースになれる! 尾上! お前もバスケ部に入らないか!?」
「入りません。何度も言ってるじゃありませんか、僕は家のことを優先したいんです。っていうか、もう行っていいですか? 僕、あと握力測定をやれば全部終わりなんで」
「待てぇい! なあ、頼むよ! お前のジャンプ力を見たら、どうしても欲しくなってしまったんだ! 一回だけでいいから! ちょっと部活を覗きに来てくれ! なっ? なっ!?」
どこぞの鬼みたいに勧誘してきた田沼先生は、そこからもなかなかしつこく話をしてくる。
正直、立ち幅跳びの計測担当としてここで待ち受けていた先生の顔を見た時から、嫌な予感はしていた。
でもまさか、計測の手伝いをさせるとかいう名目で教師の権利を乱用し、僕を逃げられないようにしつつ説得してくるだなんて、禁じ手にもほどがあるではないか。
田沼先生に捕まっていなければ、今頃教室でのんびりできていたのに……と、照り付ける日差しを浴びながらどんよりとしていた僕であったが、そんな僕たちへと声がかかった。
「あの~、立ち幅跳びやるんで、距離を測ってもらっていいですか~?」
「あれ、ひよりさん? まだ終わってなかったの?」
「あ~……うん。人が少なくなってからやりたくってさ……」
そう言いながら記録用紙を手渡してきたひよりさんが、背後の田沼先生をちらりと見た後で顔を寄せてくる。
一瞬、ドキッとしてしまった僕に対して、彼女は走ったせいかほんのりと上気させている頬をさらに赤く染めながら、少し恥ずかしそう遅くなった理由を告げた。
「その、走ると揺れちゃうんだよね、胸が……流石に恥ずかしいから、あんまり見られたくないかなって……」
「あ、ああ、な、なるほどね……」
体操服に包まれたひよりさんの大きな胸を見て、恥ずかしそうな彼女の顔を続けて見た僕が、落ち着かない気分のまま相槌を打つ。
制服よりも薄着に見える今の彼女は、確かに人の目を引く格好ともいえるわけで……そこであの胸が跳ねたりしたら、そりゃあ一層注目を集めてしまうだろう。
多分、中学時代もそんな感じだったんだろうなと考えながら、少しモヤっとした気分を抱いた僕は小さく咳払いをしてから彼女に言った。
「ま、まあ、安心してよ。ご覧の通り、ここはもう人なんて全然いないし、立ち幅跳びならその、そういう心配もいらないでしょ?」
「そうだね。でも、雄介くん的にはちょっと残念だったりするんじゃない? 50m走だったらいいものが見れたかもしれないってさ」
「あ~……ノーコメントで」
この場合、なんと答えるのが正解なんだろうか?
そう考える僕へと、ひよりさんははにかみながらこう続けた。
「いやでも最悪なのは反復横跳びだよね。女の子が計測してくれるからいいけど、見世物になってる気分だよ」
「うっ、う~ん……」
ただ走るだけでも上下する彼女の胸が、ぴょこんぴょこんと左右に激しく動く反復横跳びを行ったらどうなるのか? ちょっと考えた僕は、ひよりさんに申し訳なく思ってその想像を中断した。
あんまりそういう妄想をするのも良くないよな、と自分を律する僕に対して、ひよりさんが質問を投げかけてくる。
「そういえば、雄介くんの記録はどう? 結構跳べた感じ?」
「え? あ~……まあまあかな」
これから行う立ち幅跳びについて、ひよりさんが僕の記録がどうだったかと尋ねてくる。
曖昧に返事をした僕であったが、そこで急に田沼先生が話に割り込んできた。
「おいおい、謙遜するな尾上! かなりの好記録だったじゃないか!」
「そうなんですか!? ちなみにどのくらい跳んだんです?」
「聞いて驚け! 立ち幅跳び、尾上の記録は……なんと、2m96㎝だ! あと少しで3mだぞ! お前もすごいと思うよな、七瀬!?」
「に、にめーとる、きゅうじゅうろくせんち……!?」
勝手に僕の記録を教えてしまった田沼先生の発言に、ひよりさんが目を丸くして唖然とする。
さっさと計測を終えてしまいたかった僕が、余計なことをしてくれたな……と先生を恨む中、妙に笑顔な田沼先生は僕と肩を組み、顔を引き寄せながら得意気な表情を浮かべると、小さな声でこう言ってきた。
「見ろ、尾上! お前の大記録を知った七瀬の顔を! いつの時代もスポーツマンの男子は女子の憧れの的だ! バスケットボールという花形スポーツで活躍するお前の姿を女子たちが見てみろ、楽しい学園生活待ったなしだぞ!? うちのマネージャーの中にも、お前に惚れる奴が出るかもしれんぞ~!?」
「……先生、ご自身が教師として結構問題がある発言をしてるって自覚あります?」
悪い人ではないのだろうが、変な人で馬鹿な人なんだろうなというのが僕からの田沼先生への印象だった。
真っ向からの説得は無理と見て、僕に何らかのメリットがある形で勧誘を仕掛けてきたのだろうが、残念ながら僕は部活に入る気はさらさらない。
上手いこと先生をスルーした僕は、固まったままのひよりさんに立ち幅跳びをさせるために、彼女へと促しの言葉を投げかけた。
「ひよりさんで最後みたいだし、さっさと測っちゃおう。そうすれば僕もこの役目から解放されるし、ひよりさんも早く戻りたいでしょ……って、あれ?」
「2m96㎝……! ぐぅぅ、なんか悔しい……! ジャストあたし二人分じゃん……!!」
「えっ? ひよりさん、身長148㎝なの?」
「っっ!?」
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