第13話 二人きり、屋上で昼ご飯

「プリン、買って参りました。どうぞお納めください……!」


「うむ! 此度の失態、これに免じて許してやろうぞ!」


 というわけで迎えた昼休み、僕は学校の屋上でひよりさんに貢物のプリンを献上していた。

 若干ふざけても許してもらえるくらいには機嫌が回復したらしくて、安堵した僕は彼女の隣に座ると購買で一緒に買ってきたパンをかじり始める。


「あれ? 雄介くん、お弁当じゃないんだ? 料理上手だったから手作りしてるのかなと思ったんだけど」


「普段は晩御飯の余りものを詰めたりしてるんだけど、昨日はカレーだったからね。流石に無理だったから、今日はこれにしたんだ」


「あ~、そっか! 一緒に食べたのにうっかりしてたよ」


 そう言いながら、菓子パンをもぐもぐと頬張るひよりさんを見ていた僕は、なんだか彼女がかわいらしい小動物に見えてしまって、少しだけ笑ってしまった。

 ただ、これも失礼に取られたら、今度はプリンを奢るだけじゃ済まないだろうと考えた僕は、それを上手いことごまかして買ってきたパンを食べ始める。


 焦って食べたせいかちょっと喉に詰まらせてしまって、急いでお茶でパンを流し込んで一息ついた僕へと、ひよりさんはこんな質問を投げかけてきた。


「あのさ……さっき雄介くん、田沼先生からバスケ部に勧誘されてたよね?」


「ああ、うん。断ったけどね。あの先生、しつこいんだよなぁ……」


「そりゃそうでしょ。身長高めで運動神経もいい。それに目の前ですごいジャンプを見せつけられたら、バスケ部の顧問としては入ってほしくなっちゃうんじゃないの?」


「……そこまで評価してもらえてることは嬉しいけどね。でも僕は、中学でバスケを止めるって決めてたから」


 僕の家には父親がいない。母はその分も頑張って仕事をしてくれているし、おかげで不自由を感じることなく生活を送れている。

 だけど、弟である雅人と大我の将来を考えると、少しでも家計にかかる負担を減らしたいと思ってしまう。


 部活動というのは、いつだってお金がかかるものだ。

 バスケ部ならばユニフォーム代にチームで揃える練習着や年に一回のペースで履き替えるシューズや遠征のための交通費や合宿代、他にも色んな部分でお金がかかる。


 一日ぶっ続けで練習する時には弁当だって必要だし、スポーツドリンクだって毎回のように持参しなければならないから、そこにかかる代金や手間も三年間でかなりのものになるだろう。


 別に我が家にそんなお金がないというわけではない。しかし、二人の弟たちには進学が控えている。

 雅人と大我が無事に高校に進学し、大学や専門学校に通いたいとなった時にかかる金額を考えたら、少しでも出費は抑えた方がいいはずだ。


「そのために、雄介くんは犠牲になろうとしてるってこと?」


「犠牲だなんて思ってないよ。僕にとって家族は何より大切な存在だし、長男として弟や母を支えるのは当然のことでしょ?」


 僕のこの言葉に、想いに、嘘はない。父がいなくなってから、四人で支え合って生きてきた大切な家族だ。

 その家族のためならば何でもできる。バスケットは大好きだったが、それでも母や弟たちの方が大事だ。


 犠牲になっただなんて思ってない。これはしっかりと考えた上で納得して選んだ道だと僕がひよりさんに言えば、少し迷った後で彼女はこう言ってきた。


「でもさ……未練がないわけじゃないんでしょ?」


「……まあね」


 ひよりさんの言う通り、バスケに未練がないわけじゃあない。今でも少し、コートとボールが恋しくなることはある。

 でも……僕は納得して自分の道を選んだ。コートではなく家で家族を支えることが、今の僕の役目だ。


「いっぱい、色んなものを抱えてるんだね。大変だ」


「そうでもないよ。それより、そう言うひよりさんこそ部活に入ったりしないの?」


「う~ん……今のところはその予定はないかな。運動は得意じゃないし、文化部に興味もないしさ」


「マネージャーとかは? ひよりさん、そういうサポートとか得意そうじゃん」


「……最初は中学と同じ、バスケ部のマネージャーになろうとしたんだけど……あんなことがあったから」


「ああ、そっか……」


 バスケ部には江間が所属している。もしもマネージャーになったりしたら、浮気をした上に自分を捨てた元カレと毎日のように顔を合わせ続けなければならない。

 そんなの最悪以外の何でもないだろうと考える僕へと、補足するようにひよりさんが言う。


「しかもさ、浮気相手の方もバスケ部でマネージャーやってるんだって。ほら、柴村二奈」


「えっ!? そうなの!?」


「そうみたいだよ。通りであの馬鹿があたしを止めたわけだ。彼女と浮気相手が常に傍に居たら、気が休まらないもんね」


 はぁ~……と、盛大なため息を吐くひよりさんに、どう言葉をかけるべきかよくわからなかった。

 凹んでいる、というよりかは呆れているみたいで、ショック自体はそこまでなさそうだが……それでもノーダメージというわけではないのだろう。


「ごめん。僕のせいで嫌なことを思い出させちゃった」


「雄介くんは悪くないよ。元凶はあの馬鹿とその浮気相手だしさ……雄介くんには支えてもらって、励ましてもらってる。あなたがいなかったら、あたしは今でも立ち直れてないと思うし――」


 と、そこまで話したところで顔を上げたひよりさんが、僕のことをじっと見つめる。

 急に言葉を区切った彼女に見つめられて緊張してしまった僕が視線を泳がせる中、不意にひよりさんがこんなことを聞いてきた。


「雄介くんはさ……ご家族とか、あたしのことを支えてくれてるよね。大変じゃない? 誰かに甘えて、ゆっくりしたいって思ったりしない?」


「え? ま、まあ、ないと言ったらうそになるけど……」


「……そっか。じゃあ――」


 唐突なその質問に対して、僕はしどろもどろになりながらも正直に答えた。

 僕の答えに微笑んだひよりさんは、空になったプリンのカップを座っていたベンチに置くと、ゆっくりと立ち上がり……僕の方へと振り向いて、両腕を開く。


「……ん」


「……ん?」


 僕の真正面に立って、両腕を開いて、ただ一言唸った彼女の行動の意味がわからなかった僕は、オウム返しのように同じ言葉を発した。

 首を傾げ、ひよりさんに何をしているのかと視線で尋ねれば、微笑みを浮かべたままの彼女は静かにこう答える。


「甘えたいんでしょ? ほら、おいでよ。あたしが、ぎゅ~~~っ……って、してあげるから」

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