第14話 ひよりさんは、小さいけど大きい
「ぎゅ、ぎゅ~っ……?」
「そう。抱き締めてあげる、ってこと」
再び、発言をオウム返しした僕へと、ひよりさんがいたずらっぽく笑いながら言う。
甘さと温かさ、そしてほんの少しの危険な香りを含ませたその声を聞いた僕は、顔を赤くして首を左右に振り始めた。
「いっ、いや! そんなことしてもらう必要はないって! あ、甘えるっていうのも、そういう意味じゃ――」
「恥ずかしがらなくていいじゃん。ここ、あたしたち以外誰もいないんだしさ」
「そ、そういう問題じゃあなくって……!!」
ぎゅっとする、抱き締める、ハグをする……言い方は色々あるが、その言葉たちを聞いて思い浮かべる光景はどれも同じだ。
自分が女の子と抱き合う姿を想像し、あり得ないとばかりにそれを拒もうとした僕であったが……ひよりさんはそんな僕の言葉を聞かず、距離を詰めてくる。
「残念だけど、あたしは雄介くんを甘やかすって決めちゃってるから。諦めて、ぎゅ~~ってされちゃいなって」
「わ、わ、わ……っ!?」
僕の腿に乗っかるように、ひよりさんがベンチの上に膝をつく。
自分の腰が僕の腹筋に当たるくらいに近付きながら、そのまま上半身を僕の体に預けるように寄り掛かった彼女は、唇が触れてしまいそうなくらいに顔を近付けると、微笑みを浮かべながら言う。
「あはっ! この体勢なら、身長差も関係ないね! 普段よりずっと雄介くんの顔が近くにあるの、なんか新鮮だ!」
180㎝を超える身長の僕と、148㎝のひよりさん。その間には30㎝以上の差があって、普段は隣に並んでもその身長差が思っている以上の距離を作り出していた。
ただ、今は……腿の上に座る彼女と僕との間には、普段存在している身長差がなくなっている。
今まで見たことないくらいに近い距離で、まっすぐにひよりさんに見つめられた僕が一層顔の赤みを強める中、彼女は僕の首に腕を回してきた。
「ほら、雄介くんも恥ずかしがらないで」
「あ、えっと……」
ふにっ、と空いている方のひよりさんの手が、僕の頬に触れる。
楽しそうに、嬉しそうに笑う彼女にそう言われた僕は、おずおずとしながら自身の手をひよりさんの腰と背中に回し、ほんの少しだけ力を込めた。
「んっ……! うん、いいね。じゃあ、お待ちかねの~……ぎゅ~っ! ってする時間だ!」
「あっ……!?」
そう言いながら、ひよりさんが僕の頬を押し、顔を傾かせる。
空いたそのスペースに自分の小さな顔を押し込んだ彼女は、僕の左肩に顎を乗せると腕に力を籠め、優しく強く抱き締めてくれた。
「ふふっ……! おっきいなぁ……あたしが抱き締めるはずが、雄介くんに包み込まれちゃってるよ」
体勢で身長差は埋められても、体格差を埋めることはできない。
僕の腕の中に日和さんの小さな体はすっぽりと収まってしまっていて、確かに彼女の言う通り、僕がひよりさんを抱きすくめているように見えるだろう。
だけど……僕の中では、真逆だった。
身長150㎝にも満たないこの小さな女の子に、僕は全てを預けて抱き締められているような……そんな気持ちになっている。
「えへへ……! 雄介くん、動いちゃダメだよ?」
「っっ……!?」
ほんの少しだけ体を離したひよりさんが、意味深な色を含ませながらそう囁く。
僕の後頭部を押さえ、自分の側に引き寄せた彼女は、抵抗しない僕を成すがままに自身の胸の内へと誘う。
優しく頭を抱き締められた僕は、ふわりとした柔らかさと温もりを感じ、目を細めた。
柔らかな日差しに照らされているような温かさを感じる僕は、次第にその心地よいまどろみへと身を預けていく。
「よしよし……雄介くんは偉いね。お母さんや弟くんのために頑張ってる。すごくいい子だ。それに、とっても優しい。ただのクラスメイトだったあたしのこと、いっぱい心配してくれて……傍で支えてくれたよね。ありがとう。本当に、感謝してるよ」
「ひより、さん……」
「だから、ね……甘えたい時は、いっぱい甘えていいんだよ? 大変なこともモヤモヤする気持ちも、無理して抱えないでね? 苦しくなったら、いつでもこうしてぎゅ~~~っ……って、するから。ほら、リラックスして。今はあたしに、ぜ~んぶ預けちゃえ……!」
「………」
優しく頭を撫でられる度に、耳元で甘い声で囁かれる度に、心をほぐすような温もりと柔らかさを感じる度に……ひよりさんに全てを包まれていることを強く感じる。
こんなに小さいのに、大きな僕の全てを受け入れて、抱き締めてくれていて……純度100%の優しさが心に染み込む度に、僕が感じる安らぎは強くなっていった。
素直に、自然と、心の底から……幸せだと思えた。
こんなにも想われて、感謝されて、抱き締めてもらえる。多分、世界で一番幸せな時間を過ごしているんじゃないかなと思いながら、僕はまどろみとひよりさんに心を沈めていく。
こうして彼女に抱き締められ、包み込まれる時間は、とても安らげる一時だった。
面倒な田沼先生からの勧誘も、心の中のモヤモヤも、抱えていた疲労も……日なたに置かれた氷のように、ゆっくりと解けてなくなっていくことを感じる僕は、どれだけの時間をこうして過ごしたのかわからない。
ふと気が付けば、昼休みの終わりが近付いていることを告げる予鈴が鳴っていた。
それを耳にして目を開き、顔を上げた僕へと、優しい微笑みを浮かべたひよりさんが言う。
「……時間、来ちゃったね」
「ああ、うん……そろそろ教室、戻らないと……」
「ふふふ……っ! 名残惜しい、って顔してるよ? もう少し、あたしにぎゅ~ってしてほしかった?」
「うっ……」
ひよりさんの言う通りだ。僕はこの時間が終わってしまうことを名残惜しく思っているし、彼女の背中と腰に回した腕を外せずにいる。
それでも、ひよりさんを困らせるわけにはいかないと自分を律して彼女を放せば、ひよりさんは嬉しそうに笑いながらこう言ってきた。
「なんかちょっと……ううん、結構嬉しいかも。雄介くん、思ってたよりずっと喜んでくれてるみたいだしさ」
「……お恥ずかしながら、すごくリラックスできました……」
「あはっ! 本当にかわいいんだから、もう……!!」
温かさとか、柔らかさとか、安心感とか、その全てが心を落ち着かせてくれた。
感想を話したら気持ち悪いだろうし、そもそも恥ずかしくってそんなこと言えるはずがない僕は、顔を赤くしながらもひよりさんに感謝することしかできない。
「……本当にありがとう。急でびっくりしたけど、おかげで色々すっきりした」
「ふふふっ! 気にしないで! これは頑張ってる雄介くんへのご褒美と、お世話になってるお礼みたいなものだからさ!」
そう言ってベンチから立ち上がったひよりさんに続き、僕も一つ深呼吸をしてから立ち上がる。
午後の授業どころか、向こう一か月くらいは頑張れるだけの元気を貰っちゃったなと苦笑する中、指を鳴らしたひよりさんがもったいなさそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「しまったな~……このシチュエーション、世の男の子たちが憧れる「大丈夫? おっぱい揉む?」の台詞を自然に言える状況だった~! そっちにすれば良かった~!」
「あははっ! 流石にその言い方だったら、もっと必死に遠慮してると思うよ」
「知ってる。そこで軽々しく乗るような男の子だったら、そもそもこんなことしてないもん」
これは信頼してもらえてる……ってことでいいんだろうか?
色んな意味で大きい彼女の掌の上で転がされてる気がしなくもないが、こうして暖かさとお茶目さ、そして信頼を入り混じらせた笑みを向けてもらえることは、素直に嬉しかった。
「あ、でも、ちょっと心配してたよ! 雄介くんがあたしを抱き締める時、どさくさに紛れてお尻を鷲掴みにするんじゃないかな~、って! 雄介くん、お尻大好きなお尻星人だもんね!」
「その不名誉なあだ名、止めてもらえる!? っていうか、そんなことしないってば!!」
屋上から校舎に入って、階段を降りる頃には普段通りのやり取りをする僕たちに戻っていた。
だけれども……僕の心の中では、ひよりさんとの関係をただの友達と言っていいのかわからないでいる気持ちも生まれている。
今までの人生において、彼女なんてできたことのなかった僕だけど……多分、ただの女友達とはあんなハグなんてしない。
だとしたら……最低な形で浮気され、恋人にフラれる現場を見てしまってから始まった僕たちのこの関係に相応しい表現は何なのだろうか?
そんなことを考えながら、僕はハグをする前よりずっと近くに感じるようになったひよりさんの笑顔を見つめながら、自分もまた微笑みを浮かべるのであった。
――――――――――
もしかしたら明日4話投稿するかもしれません
雄介視点2話&ひより視点2話(+微ざまぁ)の短めの章なので、一気に投稿しちゃおうかなと
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