ひよりさんと連絡先を交換しよう!

第15話 そう言えばまだ連絡先を聞いてなかった

「あ~! ひよりちゃん、本当にいい子だったわね~! うちにも一人くらい女の子がいれば良かったのにな~!」


「母さん、その話何度目? 何度目イズその話?」


 ある日の夜、風呂から出てリビングに戻った僕は、上機嫌に語る母とその話を聞いてげんなりとしている雅人の姿を見て、苦笑を浮かべた。

 二人の会話を無視して筋トレをしている大我に風呂が空いたことを伝える中、母が僕へと声をかけてくる。


「雄介! ひよりちゃんって、次はいつ来るの?」


「わかんないよ、そんなの。前回も流れで急に決まったし、あっちだって気軽に遊びに行きたいなんて言えないでしょ」


「だったらこっちから誘えばいいじゃない! 今度、焼肉パーティーをやるから、良かったら遊びに来ないかって誘いなさい!!」


「「焼肉だってっ!?」」


 自宅では臭いが付くから滅多にやらない焼肉パーティーの開催宣言を聞いた弟たちが過敏に反応する。

 そのまま、焼肉が食べられる歓喜のダンスを踊り始めた二人を見やりながら、ため息を吐いた僕は母へと言った。


「わかったよ。じゃあ、明日学校で聞いてみる」


「え……? なんで明日なのよ?」


「いや、そりゃそうでしょ。話ができるのが明日なんだから」


「今、聞けばいいじゃない! 電話でもラインでも方法なんていくらでもあるでしょ!?」


「無理だよ。だって僕、ひよりさんの連絡先、知らないもん」


「ダニィ!? 雄介、それマジか!?」


 僕がそう言った途端、喜びの舞を踊っていた雅人が真剣な表情を浮かべながら叫んできた。

 げんなりしたり喜んだり驚いたりと忙しい奴だなと思う僕へとすごいスピードで近付いてきた雅人は、信じられないといった様子で疑問をぶつけてくる。


「なんで知らないんだよ!? 今時、ラインの交換なんて誰だってしてるだろ!?」


「しょうがないだろ。ひよりさんと友達になったのはほんの数日前のことだし、それまでは特に話す機会もなかったんだからさ」


「えぇ……!? たった数日であんなに仲良くなってんの? そっちのがびっくりなんですけど……?」


 確かにまあ、友達になった翌日に家に招待したり、名前で呼び合ったりするような関係になっているというのは、考えてみると進展が猛スピードが過ぎるかもしれない。

 家族には言っていないが、抱き締めてもらったりもしたわけだし……そう考えると、連絡先を知らなくて驚く弟たちの反応は正常だと思えてきた。


「ちなみに、そういう話になったことはないの? 電話番号教えてとかさ」


「……ない、かな。あんまりそういう話はしてないや」


 大我の質問に対して、少し考えた後でそう答える。

 そもそも、仲良くなったきっかけがひよりさんが浮気され、彼氏にひどいことを言われた現場に居合わせたということを僕の家族は知らない。

 かなり特殊なきっかけというか、普通はこんなことあり得ないよな……という展開だからこそ、僕とひよりさんの関係性の奇妙さが気になるのだろう。


 ここまで僕たちの話を黙って聞いていた母は、うんうんと頷いた後で口を開き、僕へと言った。


「雄介……それ、ひよりちゃんはあんたから連絡先を聞かれるのを待ってるんじゃない?」


「え……?」


「考えてみれば、名前で呼び始めたのもあの子からだし、家にもひよりちゃんの方から遊びに行くって言ったのよね? つまり、あんたは常に受け身の状態。ひよりちゃんからすれば、あんたが本当に自分と仲良くなりたいのかわかんないわけでしょ?」


「つまりあれか。雄介にその気があるのなら、自分から連絡先を聞きにこい! ってやつだ」


「なる、ほど……」 


 母からのアドバイスを聞いた僕は、その話は的を得ているんじゃないかと思った。

 ひよりさんが僕を試しているというと聞こえが悪いが、そういった行動をするというのは何も変な話ではない。


 ひよりさんは幼馴染であり、彼氏として付き合ってもいた江間に浮気され、手ひどく裏切られた。

 別れ際のやり取りやその後に判明したこと、そしてこれまでの付き合い方を振り返ったひよりさんは、江間が自分のことを都合のいい相手くらいにしか思ってなかったことに気付いたのだろう。


 折角、恋人になったというのにその直後に他の女の子に浮気され、自分たちの関係性をひた隠しにするために周囲には付き合っている素振りを見せるなと指示され、その通りにしていたら浮気カップルにその全てを利用され……あっさりと捨てられた。


 いや、違う。あっさりと捨てられたのではなく、胸を揉ませてくれれば関係を見直すという、屈辱的な扱いを受けた。そして、裏切られ続けていた。

 江間にとって優先すべきは浮気相手の方で、ひよりさんは都合よく楽しませてもらえる体だけの関係にできたらないいなという考えが、彼の言動から透けて見えている。


 その直後に友達になった僕に対して、江間にされた仕打ちを重ねて警戒するのは当然のことで……最低限、相手からのアクションというか、アプローチが欲しいと思うのも当たり前のことだろう。


 僕はひよりさんと仲良くなりたいし、もっと彼女の笑顔を見たい。この気持ちが本物なら、いつまでも受け身ではダメだ。

 もちろん、この考え全てが間違っていて、連絡先を聞いた時に気持ち悪がられて断られる可能性もあるだろうが……傷付くことを恐れていたら、何も変えられない。リスクを承知で動くべきだ。


 そこから先、どんなふうに関係性を発展させていくかとかは今は考えなくていい。

 今はただ、僕の気持ちを行動にしてひよりさんに示すことを第一に考えよう。


「……わかった。明日、聞いてくるよ。焼肉パーティーに都合のいい日も、連絡先もさ」


「「おお……っ!?」」


 珍しくそう言い切った僕に驚いたのか、弟たちが目を丸くして声を漏らす。

 母は、そんな僕を見つめながら微笑むと……静かにエールを送ってくれた。


「頑張ってきなさい、雄介。大丈夫よ。あんたは、母さんの息子なんだから!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る