第16話 僕はもっとひよりさんと仲良くなりたいから

 ――ボールを貰ったらまずゴールを見る。そして、もしもコースが空いていたら一直線に突き進む。バスケットの基本だ。

 やると決めたのなら、迷わず突き進む。まごまごしている間にコースを塞がれたら、折角のチャンスが台無しになってしまうから。


「おはよう、ひよりさん。ちょっといいかな?」


「おはよ、雄介くん。どうかした?」


 朝一番、ひよりさんが登校してきたタイミングで声をかけた僕は、挨拶の後で早速本題に入った。

 ポケットに入れたスマートフォンを強く握りながら、焦りや緊張を感じさせないように振る舞いながら、僕はひよりさんへと言う。


「実は、うちの母親が今度焼肉パーティーをやるから、ひよりさんを誘えって言ってきてさ……嫌じゃなければ遊びに来てほしいんだけど、どう?」


「えっ!? いいの!? 行く行く! 真理恵さんにも楽しみにしてますって伝えておいて!」


「ははっ、良かった。母さんも喜ぶよ……で、こっちが本題なんだけど――」


「へ……?」


 今の話はあくまで前座。バスケでいえば、パスを受け取っただけだ。

 家族からのパスのおかげで話のきっかけを作ることに成功した僕は、シュートを決めるためにポケットの中で握り締めていたスマートフォンを取り出し、それをひよりさんへと差し出す。


 そして、驚いた様子で僕の顔とスマホを交互に見つめる彼女へと、言うべきことを言った。


「――連絡先、教えてもらえないかな? こっちも、ひよりさんが嫌じゃなければだけど」


「えっ……!?」


 既に驚いていたひよりさんの表情が、さらに驚きの色に染まる。

 目を見開き、声を漏らして、予想外という言葉が顔に書かれているくらいに驚く彼女の反応を目の当たりにしながら、この後でどう転がるかと僕が緊張に固唾を飲む中、同じく息を飲んだひよりさんが興奮気味にこう答えてくれた。


「いっ、嫌じゃないよ! っていうか、あれだ! まだ連絡先、交換してなかったんだね!? 完全に忘れてた!」


「あはは。実は僕もそうなんだよね。昨日、気付いたんだ」


 あせあせと慌ただしい動きで鞄からスマートフォンを取り出し、それを操作するひよりさんはとても落ち着いていないように見えた。

 それ以上に心の中では僕の方が落ち着いていないのだが……それを必死で押し殺しながら、彼女が表示してくれたQRコードを自身のスマホに読み込ませる。


「これで大丈夫かな? ちょっと送ってみるね」


「う、うん! ……あっ、来た来た!」


 ひよりさんのアカウントを友達登録し、メッセージを送る。

 そうすれば、すぐに既読の通知が出ると共にかわいいスタンプが返信として送られてきた。


 無事に連絡先を交換できたことを喜び、僕が笑みを浮かべる中……不意にクラスの女子たちがひよりさんへと声をかけてきた。

 

「おはよ~、ひより。何してんの?」


「あっ、お、おはよ! ちょっと今、雄介くんと連絡先の交換をしてて……」


「えっ!? 何々!? 連絡先の交換!? どっち!? どっちから言い出したの!?」


「っていうか、雄介くん!? ひより、いつの間に尾上くんとそんな関係になったわけ!? っていうか、もしかしてもう付き合ってたりすんの!?」


「あっ、いや、そうじゃなくって! えっと、その~……」


 不意打ち気味に質問されたせいか、ひよりさんは色々と不用意な回答をしてしまったようだ。

 その一言から色んな妄想を膨らませる友人たちに何をどう説明したらいいのかと若干パニック気味になっている彼女に助け船を出すべく、苦笑を浮かべながら僕が口を開く。


「付き合ってるだなんて、そんなんじゃないよ。そもそもそういう関係なら、こんなタイミングで連絡先を交換することないでしょ?」


「え~っ? でも、だったらどうして雄介くん、なんて呼び方してるわけ?」


「少し前に家族と一緒にいる時に、ひよりさんとばったり出くわしたんだよ。結構長く全員で話すことになったんだけど、ひよりさんは優しいからさ。ちゃんと弟たちも名前で呼んでくれて……その流れで僕も名前で呼んでもらえるようになったわけ」


「そうなの? それでも怪しいなぁ……! っていうか、尾上くんもひよりのこと名前で呼んでるじゃん! やっぱ怪しい!!」


「まあ、そうかもね。でも、相手が名前で呼んでくれてるのにこっちは頑なに苗字で呼び続けるのって、なんか壁を作ってるみたいで嫌じゃん。僕とひよりさんはただの友達だけど……もっと仲良くなりたいから名前で呼ぶし、そのために連絡先も交換したいなって思って、そうしてるだけだよ。本当にただ、それだけ」


 こういう時は、相手に何を言われても自然体でいるのがいい。僕が尊敬するNBAの選手も、相手のトラッシュトークに反応せずに己のプレイを貫き通していた。

 認めるところは認めて、そうじゃないところは否定する。同時に、ひよりさんのプライドに関わる部分はぼかして話しながら自分の素直な気持ちを述べれば、女子たちは「おお~っ!」と感心したような反応を見せてくれた。


「な、なんか、尾上くんって結構押せ押せで攻めるタイプなんだね……! ちょっと意外かも……!?」


「ひより、気を付けなよ! うっかり隙を見せたらガッツリ襲われて、美味しくいただかれちゃうかもよ!?」


「ゆ、雄介くんはそんなことしないって! っていうか、からかい過ぎ!!」


「あ~っ、これもう落ちてるわ~! おめでとうございます、尾上くん。ひよりはあなたのものです。おっぱいも揉みまくってやってください」


「でもひよりのおっぱい、略してひよパイだけが目的だったとしたら……どうなるかわかってるよね?」


「はははっ! 揉まないし、わかってるよ。ひよりさん、友達から大切に思われてて良かったね」


「む~っ……! なんか言い方が気に障るんだけど! お母さんみたいなこと言っちゃってさ~!」 


 頬を膨らませながら怒るひよりさんに軽く謝りながら、微笑みを浮かべる。

 想像していたよりもずっと騒がしい連絡先交換になってしまったが、目的を達せられたことを僕は心の底から喜ぶのであった。

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