第17話 あたし、完全に落ちちゃってるな……♥(ひより視点)

「あ~、ダメだ。嬉し過ぎて顔がニヤニヤしちゃう……!」


 全身を包むお湯の温もりと、体の内側に広がる幸せな気持ちについついニヤけてしまうあたしは、お風呂の中でそう呟きながら天井を見上げた。


 物心ついた時からあまり広さが変わっていないお風呂の湯船に肩まで浸かりながら、浮かびそうになる胸を軽く押さえながら……あたしは、今日の出来事を振り返っていく。


「もっと仲良くなりたい、か……えへ、えへへへへへ……!」


 今朝、雄介くんが言っていたのと同じ言葉を口にしたあたしは、その瞬間にまた自分の内側で温かい幸せの波が広がることを感じて、つい笑ってしまった。

 雄介くんの方から連絡先交換を申し出てくれたことも嬉しかったが……それ以上に、彼がその後に言ってくれた数々の言葉が、あたしにとっては本当に嬉しいものだったりする。


 友達に問い詰められて慌ててた時、雄介くんは上手いことあたしが仁秀に浮気されていたことやそこにつながる出来事をごまかして話してくれた。

 その上で、あたしと仲良くなりたいと思っていると、彼女たちに言ってくれたことが、本当に本当に嬉しくて仕方がない。


 ただの幼馴染、それ以上でもそれ以下でもない……仁秀の口から何度も聞いた言葉だ。


 それが事実だったこともあったが、一年前からほんの少し前まではあたしたちは恋人で、ただの幼馴染ではなくなっていた。

 だけれども、仁秀はあたしと付き合ってからも友達にからかわれたくないからとそれを公表せず、今まで通りのただの幼馴染として振る舞い続けた。


 付き合うなんてあり得ない。友達以上の関係になんかなりっこない。本当にあいつだけはない。色んな形で仁秀はあたしとの関係を否定したし、あたしもあいつがそうしたいならとただの幼馴染であると周囲に言い続けていた。

 でも、いつかは……いつか、何かのきっかけがあったら、あいつもあたしと付き合っていることを周りに言って、普通の恋人としての関係を作っていけるはずだと、あたしは信じていたんだ。

 

 その日まではあたしが我慢すればいい。仁秀がそうしたいなら、あたしが支えてあげればいいんだと……そう思って、関係性を否定され続けて、それでも一緒の高校に通えることになって、さあこれからだってところで……仁秀が浮気していることを知ってしまった。


 仁秀はあたしを裏切り続けていて、体と顔にしか興味がなくて、それを許してくれた柴村に完全に心が傾いていて……捨てられたくなかったら胸を揉ませろとまで言ってきた。

 それでわかったんだ。あいつにとってあたしは都合のいい女で、別に好かれてなかったんだってことに。


 あいつが言い続けてきた、「ただの幼馴染でしかない」って言葉は……紛れもない真実であり、仁秀の本心だった。

 仁秀にとってあたしは、「なんか告白されたから付き合って、最終的にヤれれば最高」程度の相手でしかなかったんだってことを理解した瞬間、堪らなく苦しくなって、悔しくって、泣きたくなって――。


 ――もしもあの日、雄介くんが追いかけてきてくれてなかったら、大変なことになってたと思う。

 自暴自棄になって馬鹿なことをやったか、引きこもりになって鬱々とした気分のまま膝を抱えていたか……そんなふうになっている自分が簡単に想像できた。

 

「雄介くん……」


 優しくしてくれて、励ましてくれて、支えてくれた。

 いっぱい笑わせてくれて、ご家族も温かいいい人たちで、仁秀に裏切られてからまだ一週間も経ってないというのに立ち直ったあたしが以前とほとんど変わらない日常を過ごせているのは、間違いなく彼のおかげだと思う。


 その彼が、言ってくれたのだ。あたしと仲良くなりたいから、連絡先を知りたいと。

 友達の前で堂々とそう言った彼の言葉を聞いた時……あたしは本当に嬉しくて、心臓はドキドキと高鳴っていた。


 付き合っていることを隠していた仁秀と違って、雄介くんは友達であることを踏まえながらもちゃんとあたしと親密になりたいと宣言してくれたんだ。

 そして、そのために必要な行動を自ら取ってくれた。連絡先を聞いて、また家に遊びに来てほしいと言ってくれた。


 考え過ぎかもしれない。都合のいい妄想も入っていると思う。

 だけど……自分の好意をちゃんと伝えてもらえることに、それを臆さずに誰かの前で曝け出してもらえることに、あたしはどうしようもなく嬉しくなって、心がときめきっぱなしになっていた。


 もしかしたら雄介くんのあの行動は、あたしを気遣ってのものかもしれない。

 だとしても、すごく嬉しい。だってあたしが望んでいることを、彼は理解して実行してくれたってことなんだから。


 そうじゃなかったとしても……それはそれでとても嬉しい。

 雄介くんが純度100%の思い遣りと愛で、あたしと仲良くなりたいって言ってくれたということになるから。


「あぁ~……! ダメだ。あたしもう、完全に……!!」


 友達が言っていたことは正しい。あたしはもう、完全に雄介くんのことが好きになってる。

 だけど、仁秀と別れたばかりでこの好意を彼に伝えることは、なんだか申し訳ないから躊躇われた。


 ……もちろん、仁秀を引き摺っているというわけじゃない。

 今、こんな状況であたしから告白されても、雄介くんが困るだけだってことがわかっているという意味だ。


 あたしが雄介くんのことが本気で好きなのか、それとも仁秀の代わりにしようとしているだけなのか、雄介くんには判断ができない。

 それに、優しい彼がもしかしたら自分は女の子の心が弱っているところを上手く突いてこんなふうにしたのでは……と考えて、思い悩む姿が容易に想像できた。


 だから今はいい。しばらくはのままでいよう。

 あたしだって、雄介くんとは仲良くなりたいと思っている。少しずつお互いを知っていって、距離を縮めて、そうした後で仲良くなったきっかけを忘れるくらいの時間を重ねたら……その時に、この想いを伝えればいい。


 そんなふうに考えたあたしは今、彼と仲良くなるきっかけ……つまりは、雄介くんからのメッセージを待っていた。

 今夜、連絡すると言われたあたしは帰宅してからもずっとそわそわしっぱなしで、お風呂にまでスマホを持ち込むくらいに彼からの連絡を待ち侘びている。


 こっちからメッセージを送ろうかとも思ったが、今回は折角雄介くんが動いてくれたのだ。最後まで彼に主導権を握ってもらいたい。

 というわけで、髪と体を洗ってからも長風呂を続けていたあたしは、待ち望んでいた通知がスマホの画面に表示されたことに満面の笑みを浮かべる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る