第18話 元カレ、ブロックしよう(ひより視点)
【こんばんは】
【届いてますか?】
少し他人行儀な最初のメッセージを見たあたしは、その文章が実に彼らしいなと思った。
多分だけど、色々と考え過ぎた結果、滅茶苦茶シンプルな文章になったんだろうな……という雄介くんの思考を読み取ったあたしは、笑いながら返信を打つ。
【届いてるよ~! 安心して!】
【良かった】
【今、暇?】
短いメッセージを何度も送ってくるところから、雄介くんの慣れてない雰囲気が感じ取れる。
女の子とのメッセージのやり取りに緊張してるんだろうなと思いながら、あたしは悪戯を兼ねてこんな返信を送ることにした。
【暇だよ~!】
【お風呂入ってるけどね!!】
【また改めて連絡します。ごめんなさい】
【わ~わ~! 気にしないでいいって!】
【何だったら通話してもいいくらいだよ!】
【僕が良くないです……】
超高速で返ってきた敬語でのメッセージを読んで、声を上げて笑う。
からかい甲斐があるというか、本当に予想通りの反応を見せてくれるなというか、面白くて仕方がない雄介くんとのやり取りを楽しみながら、あたしは彼へと話題を振っていく。
【焼肉パーティーの話だけど、あたしはいつでも大丈夫だよ!】
【両親、帰って来ない日が多いからさ。平日なら基本OKだってご家族に伝えておいて!】
【了解です】
【母さんも予定日が決まったら全力で仕事片付けるって言ってる】
【無理はしないでくださいって、真理恵さんに伝えて!】
【「ありがとう!」って、母さんが言ってる】
【みんな近くにいるんだ? 何してるの?】
【弟たちは踊ってる】
【兄貴が女の子とラインやれてることを祝福する踊りだって】
【良かったね! 滅茶苦茶愛されてるじゃん!】
【多分、馬鹿にされてると思うんだけどな……】
こうして文章でやり取りしているだけで、今の雄介くんの家の様子が目に浮かんでくる。
多分、ご家族全員で雄介くんをからかいながら、温かい目で彼のことを見守っているんだろうな……と、楽しい家族の姿を想像してクスクスと笑ったあたしが、それについて返信しようとした時だった。
【お~す! 突然だけど明日の放課後、どっか行かね?】
【明日、母ちゃんが出掛けるらしくてさ、夜飯外で食おうと思ってるんだ】
「は……?」
急に送られてきた、毛色の違うメッセージを呼んだあたしが思わず眉をひそめながら呟きを漏らす。
どこか見覚えのあるその文章の送り主の名前を確認すれば、そこには江間仁秀と書かれていた。
(ああ、そうだった。ブロックとかしてなかったな……)
あいつと別れてからおよそ一週間。その間にあいつとの接触らしい接触は、浮気を暴いてやった翌日の朝に能天気に声をかけられたことくらいだ。
そこから特に何もなかったし、仁秀の方も本命の柴村とイチャイチャする方向に舵を切ったのだと思っていたのだが……ここにきて急にラインが送られてきた。
【この間のこともあるしさ、飯食いながら話そうぜ!】
【お前の好きな店でいいし、奢ってやるからさ!!】
「はぁ……? なに、その言い方? っていうか、何様なわけ?」
この間もそうだったが、どうして仁秀はこんな悪びれもせずにあたしに接することができるのだろうか?
前々からこういう性格だということは知っていたし、あたしの方も喧嘩をした時になぁなぁで許してきたことも多かったから、ある程度は理解していたつもりだった。
しかし……一年間ずっと裏切り続けておいて、恋人という関係になっておきながら別の女と浮気しておいて、まともに謝罪もせずにこの態度は流石にあり得ない。
多分、絶対、あたしのことを舐めている。適当に時間をおいてから機嫌を取っておけば、いつも通りにあたしが許すと仁秀は思っているんだろう。
だが、あたしにはそんなつもりは毛頭ない。今回の一件は、今までの幼馴染としての喧嘩とは全く違う、それよりもずっと重大で深刻なことだから。
そう考えながら仁秀のメッセージを読んだあたしは、あいつが本当にあたしのことを軽んじていたんだなということを改めて理解した。
あいつにとってあたしは対して重要な存在じゃないから、こういう態度でいられる。
仁秀にとってあたしは、真摯に対応するような相手などではなく、適当に相手をする存在だということがよ~くわかった。
【いつものラーメン屋でいい? あそこのとんこつラーメン、お前も好きだっただろ?】
【ってか、学校終わってすぐだと晩飯には早すぎるかwwwどっか遊びに行こうぜ!】
【カラオケとかどうよ? 一時間くらい歌えばちょうど腹も減ってくるだろ!】
勝手に話を進めるな。
お前に合わせるとか言いながらあたしの意見を聞かずに自分で店を決めるな。
っていうか話がしたいとか言いながらラーメン屋を選んでる時点で全然その気がないことがわかるし、何だったらお金を使いたくないから安くて量が多い店を選んでるのがまるわかりだ。
あと、あんなことがあったというのになんでカラオケに行くと思ってるのか。
あの状況で胸を揉ませろとか言ってきた男とわざわざ密室で二人きりになりたいかどうかなんて、ちょっと想像を巡らせればわかることのはずだ。
「あ~っ! もうっ! うっさいっ!!」
気遣いというか、デリカシーというか、人として当たり前のことというか……そういうものを一切感じさせない仁秀からのメッセージの連投に我慢の限界を迎えたあたしは、大声で叫びながら湯船から立ち上がった。
ざぱぁっ! と音を響かせながらお湯が波打つ中、これ以上のムカつきを感じないようにするために、あたしはスマホへと指を伸ばす。
もう、あいつとメッセージのやり取りをするつもりはない。アカウントをブロックしてしまっても何も問題はない。
そう考えたあたしは仁秀のアカウントをブロックしようと思ったのだが、そこで指先についていた水滴がぽたぽたとスマホの画面に垂れ、送るつもりのなかったスタンプをあいつに送ってしまった。
「げっ……!? めんど……!!」
無言でブロックしようとしたのに、スタンプを送ってしまったことにげんなりとした表情を浮かべながら呻く。
ただ、幸か不幸か誤操作で送ったスタンプは寝転がったウサギがそっぽを向いている怒りや不機嫌を表すもので、今のあたしの心境と完全にマッチしていた。
「……ま、いっか。このままブロックしちゃお」
これが仁秀に対して好意的な感情を示すスタンプだったら訂正するところだが、そうじゃない。
今のは誤操作だとあいつに言うことも面倒だし、それで勘違いしたあいつが調子に乗ったりしてもこれまた面倒だし……何より、雄介くんとのメッセージのやり取りをこれ以上邪魔されたくなかった。
というわけで、特にこれ以上の反応をすることなくブロックすることを決めたあたしは、手をタオルで拭いた後でスマホを操作していく。
【まだ怒ってんのかよ? わかった! 大盛りラーメン奢ってやるから、機嫌直せって!】
「……馬鹿じゃないの、ほんとに」
仁秀から最後に送られてきたメッセージも、ツッコミどころ満載の内容だった。
もう、あたしたちは幼馴染ではない。
その関係はあたしがあいつに告白して、恋人としての一歩を踏み出した時から終わっていた。
そして、もうあたしたちは恋人ではない。
仁秀の浮気がバレた時点で……いや、あいつが柴村と浮気を始めた時点で、その関係も終わりを迎えていた。
そしてこれで、あたしたちは友達ですらなくなる。あたしにはもう、あいつと関わるつもりなどないからだ。
特に何を言うこともなく、あたしはスマホをタップして設定を終えた。
それでもう、仁秀からのメッセージはあたしに届かなくなって、あれだけうるさかった通知がシンと静まり返る。
この作業を終えたあたしの心はちょっとすっきりしていて、一つ過去に区切りを付けられたことに清々しさも感じるのであった。
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