ひよりさんと放課後デート

第19話 尾上の奴、なんでひよりとあんなに仲良くなってるんだよ……?(仁秀視点)

(ったく、ひよりの奴、まだ怒ってるのかよ……?)


 大体一週間くらい前にあった喧嘩と、そこから続いた別れ話……あれから十分な冷却期間をおいたと思った俺は昨晩ひよりにラインを送ってみたのだが、あいつの反応は微妙だった。


 結構大量のラインを送ったのに、あいつからの返信は拗ねたウサギのスタンプだけ。

 そこからは未読スルーをかましやがって、完全に俺のことを無視している。


(少しは大人になれって。俺も悪かったけど、あいつだってこれはやり過ぎだろ?)


 確かに色々あったけど、少しくらいは許す素振りみたいなものを見せてもいいじゃないか。どうせ、最終的には元の関係に戻るんだしさ。

 こんなわかりやすい怒ってますよアピールで俺の気を引こうだなんて、やっぱりあいつが育ったのは胸だけで、性格は身長と同じでガキのまんまだなと思いながら、俺は気持ちを切り替える。


(しょうがない。素直になれない幼馴染のために、俺が折れてやりますか!) 


 わざわざ怒ってますアピールのスタンプを送ってきて、その後も未読スルーをしてきたってことは、やっぱりひよりも俺のことを意識しているのだろう。

 そろそろ尾上との楽しくもない仲良しごっこを続けていることに虚しさも感じてきた頃だろうが、色々あったことで素直になれずに俺に謝れずにいるんだ。


 だからここで俺が折れて、話し合いの機会を作ってやる。

 そこで適当に話をすればいつも通りのやり取りが戻ってきて……何もかもが元通りだ。


(本当、ひよりはガキだよな~……! 少しは二奈を見習ってほしいもんだぜ)


 浮気相手でもいいからと告白してくれた上に、今も俺が他の女の子と仲良くしてもいいと言ってくれている。二奈の器のデカさと比べたら、やっぱりひよりは背も心も小さい。まあ、胸だけはあいつの圧勝なんだけどな。


 っていうか、俺みたいないい男と付き合えるんだから、少しくらいの女遊びは許してほしい。

 マンガとかでも主人公がたくさんの女の子たちにモテモテになっても、ヒロインたちは別にそいつから離れたりしないし、むしろライバルに負けじとアピール合戦を繰り広げるわけじゃん?


 ああいうのを期待してたのに、ヒステリーに叫んだ上にジュースをぶっかけてくるだなんて、やっぱりひよりは子供だ。

 まあ、あんな子供を恋人にしてやる奇特な男なんて俺くらいしかいないわけだし、責任を持って関係を修復してやらないとな!


 そう考えた俺は、朝練が終わった後でひよりが登校するのを待ち構えていた。

 幼馴染だし、家も近いからあいつの生活リズムはなんとなくわかる。大体の時間に山を張って待機していた俺は、想像していた時間より少し遅れてやってきたひよりへと声をかけた。


「おっす、ひより! 昨日、ラインしたことだけどさ――」


 挨拶をしたひよりが、俺をちらりと見る。

 そこから話をしようと晩飯のことについて口にした俺であったが、あいつはそんな俺を無視して横をすり抜けようとしやがった。


「ちょっ! 待てよ! 怒ってるからってそこまで無視するのはやり過ぎだろ!?」


「……放してくれない? あたし、急いでるんだけど」


「急ぐ必要なんてないだろ? ほら、購買でメロンパン買ってやるからさ! ちょっと話しようぜ!」


 ひよりの機嫌が悪くなった時はこれに限る。好物のメロンパンをちらつかせれば、大体は機嫌が回復するんだ。

 いつも通り、仲直りをしようという合図の意味でこの発言をした俺だったんだけど、ひよりはあろうことかその提案を断ってきた。


「そういうのいいから。手、放してよ」


「なんだよ、メロンパンだけじゃ足りないのか? わかったよ、飲み物も奢ってやるからさ」


「そういう問題じゃないから。止めてよ」


「あ~! この交渉上手! しょ~がね~な~! 晩飯のラーメン屋でお前が好きなチャーシュー丼も奢ってやるよ! カラオケでもパンケーキ食っていいからさ! そろそろ機嫌直せって!」


「機嫌直せって、あんた……!!」


 俺の大盤振る舞いに、ひよりが目を丸くして驚く。

 俺がここまでやってやると言ったことに、感動しているのかもしれない。


 まあ、母ちゃんから晩飯の代金も貰ってるし、それくらい奢る余裕はあるわけだし……これでひよりとの関係が修復できるなら、安いもんだ。

 これで全部が元通りになると、そう思いながら俺は満足気に話を続けようとしたのだが、不意に肩を叩かれたことで口を閉ざしてしまった。


 思わずそっちの方を向いた俺が目にしたのは、大嫌いな尾上雄介が無表情で立つ姿だった。


「……何してるの?」


「おっ、お前には関係ないだろ!? どっか行けよ!」


 俺より背が高い尾上から真顔で睨みつけられながらそう言われた俺は、思わずビビッてしまった。

 その隙にひよりが俺の手を振り解く中、尾上に負けてられないと奴を睨み返しながら、俺が言い返す。


 これは幼馴染である俺たちの問題だ。尾上が間に入ってくる余地なんてどこにもない。

 だけど、あいつは眉一つ動かさないまま、俺に向かってこう言ってきた。


「いや、あるよ。友達が変な絡まれ方してたら、助けるのは当たり前でしょ?」


「変な絡まれ方って、俺はそんなこと――」


「手を放してって言われてたのに聞かなかったじゃないか。無理矢理付き合わせようともしてたし、十分変な絡み方だよ」


「ぐっ、うっ……!?」


 普通に正論をかまされた俺が何も言えずに呻く。

 一切動じないというか、冷ややかな目で俺を見つめながら淡々と責めてくる尾上の態度に気圧されそうになるが、こっちには切り札があるんだ。


 尾上には理解できないであろうとっておきであり、伝家の宝刀を抜いた俺は、それで奴を一刀両断にしてやる。


「それはお前がわかってねえだけだよ! 俺とひよりは幼馴染なんだ! だから、俺にはあいつの気持ちがわかる! ひよりは別に嫌がってなんかねえんだよ!」


 見たか、尾上。これがひよりと十数年の付き合いがある俺だからこそ使える伝家の宝刀、【幼馴染の特権】だ。

 俺たちには俺たちの関係性がある。ほんの一週間、俺への当てつけでひよりに仲良くしてもらってるだけのお前にはわからない関係性があるんだよ。


 これを使えば流石の尾上も黙るしかない。こいつには、俺とひよりの関係の深さがわからないのだから。

 そう、思っていたのだが……尾上はやっぱり一切の反応を見せないまま俺から視線を外し、ひよりを見ながら信じられないことを言いやがった。


「……って、江間はいってるけど……ひよりさんはどう? 本当は嫌じゃなかったの?」


「……は?」


 ……待て。今こいつ、なんて言いやがった?

 ひよりさん……? なんでこいつがひよりを名前で呼んでやがる?


 馴れ馴れしいにもほどがあるだろ? っていうか、尾上ってそんなキャラだったのか?

 どうして仲良くなって間もないこいつが、そんなふうにひよりを……? と困惑する俺であったが、直後にそれ以上の衝撃が追い打ちとして叩き込まれる。


「……雄介くんの言う通り、普通に嫌だったよ。迷惑してた」


「は? は? はぁ……!?」


 なんでひよりもこいつに何も言わねえんだよ? 馴れ馴れしく名前で呼ばれてるんだぞ?

 それにどうして尾上の味方をしてる? 折角、俺が関係修復のために折れてやってるのに、それを無下にするつもりか?

 っていうか……今、って言ったか? それってもしかして、尾上のことか?


 なんでひよりと尾上が名前で呼び合ってる? いつからそんな関係になった? こいつら、いったい何なんだ?


 パニックになって唖然とする俺は、もう誰の言葉も耳に入ってこなかった。

 気が付けば、ひよりも尾上も姿を消していて……ただ一人、その場に立ち尽くしていた俺は、全く冷静になれない状況で呻くしかできないでいる。


「何がどうなってんだよ、マジで……?」


 ひよりとの関係を修復して、また楽しい日々が戻ってくると思っていた俺は、完全なる不意打ちを受けて頭がくらくらしている。

 でもきっと、大丈夫だと……俺とひよりが過ごしてきた十数年が、尾上とのたった数日に負けるはずなんてないと自分に言い聞かせながら、俺は力の入らない足で踏ん張って、自分のクラスへと戻っていった。

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