第55話
無心だ。無心……無心……そう、無心であれ。
風呂に浸かりながら、隣……いや、後ろのシャワーの音を聞きつつ、俺は壁を見つめながら、さっきの出来事も含め、心を鎮める。
……大丈夫だ。
別に、後ろではただ絆月が頭を洗ってるだけなんだ。
何も意識することなんて無い……訳がねぇ。……好きな女の子が後ろでタオル一枚の状態でいるんだぞ!? 意識しないわけがない。
……ダメだ。もう上がろう。
これ以上ここにいたら、本当にダメだ。
「絆月、俺──」
もう上がるよ。
そんな感じの言葉を続けようとしたのだが、絆月の言葉に遮られてしまう。
「慎也、私、今から体を洗うね」
「え? あ、あぁ、そうか」
……急になんだ?
もしかして、俺の背中を洗ったんだし、絆月も洗ってくれって話か?
……無理だ。今の俺には、絶対に無理だ。
ただでさえ我慢しているっていうのに、流石に直接では無いだろうとはいえ、今の俺が絆月の体に触るのは無理だ。
「タオル、邪魔だから取っちゃうね」
そう思い、今度こそもう風呂から上がることを伝えようとしたのだが、それより早く、絆月のそんな言葉が俺の耳には入ってきた。
「……あ、え?」
思わず、俺はそんな間抜けな声が出てしまった。
それと同時に、何かが……いや、絆月の体に巻いてあったであろうタオルが風呂の部分にかけられる音がした。
「……慎也、見ちゃダメ、だよ?」
「ッ」
「……ううん。本当はどうせ近いうちに見られるものだし、見てもいいんだけど、やっぱりこんな明るいところじゃまだ恥ずかしいし、ね?」
待て、待て待て待て待て待て……ほ、本当に今、俺の後ろには正真正銘生まれたままの姿の絆月がいるのか?
ダメだ。本当に、そう、本当にダメだ。
早く風呂を上がってしま……あ、あれ、俺、どうやって上がるんだ?
どう頑張っても、今風呂から上がろうとしたら、絆月の姿が目に入ってしまうぞ?
……い、いや、なら、目を閉じて……ダメだ。構造は把握してるけど、流石にそれは普通に危ない。
……俺が風呂を上がろうとしたのを察して、絆月はあのタイミングでこんなことをしてきたのか?
……本来なら、ありえないこと……なんだが、相手が絆月だと考えると、ありえないこともありえることになってしまうんだよ。
い、いや、なら、俺の思考を予想してきているのなら、絆月は俺が絆月の方に本当に視線を向けてくるなんて思ってないだろうし、予想外に弱い絆月を動揺させるために、いっその事本当に見てやろうか?
……ダメに決まってるだろ。
ただでさえ結構限界なのに、そんなことをしたら、我慢の限界を迎えてしまう。
ぐるぐるぐるぐると頭の中で色々と考えていると、後ろにかけられていたタオル? が取られると同時に、シャワーの音が止まった。
「慎也、私も入るから、少しだけ場所を開けてくれる?」
「あ、い、いや、お、俺はもう出るよ」
タオルが取られた事から、もう体にはちゃんとタオルが巻かれているだろう事を予想し、俺はそう言って後ろを振り向きながら立ち上がった。
その結果、俺の視界には耳の先まで顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにタオルを両手で持ちつつも、一切体を隠そうとはしていない一糸まとわぬ絆月の姿がそこにはあった。
限界だった。
絆月の視線が一瞬下に下がったかと思うと、そのまま絆月は俺にキスをしてきた。
完全に油断……というか、何も考えられていなかった俺はそのまま舌を入れられた。
「ベッド、行こ?」
そんな言葉が、妙に頭に響いた。
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