第54話
「……」
「慎也、今から体を洗うところ?」
俺が風呂場に入ってきた絆月の体を見ないように体を洗おうとしていると、絆月のいつも通りの声色のそんな言葉が聞こえてきた。
……絆月は恥ずかしくない……訳が無いよな。
何度も言うけど、俺が寝ぼけて絆月と一緒のベッドに入ることになった時、めちゃくちゃ恥ずかしがってたしな。
……いや、今更だけど、あれは不意打ちだったからだったりするのかな。……絆月も心の準備が出来てなかったから、あの時はああなったのかな。
……仮にそうだとすると、今は心の準備が出来ていたから、全く恥ずかしがっているようには見えない、と。
そう思いつつ、俺はチラッとだけ絆月の顔を見た。
すると、声色とは裏腹に絆月の可愛い顔は耳の先まで真っ赤に染まっていた。
「ッ」
……やっぱり、絆月もこの状況にちゃんと羞恥心を持ってたんだな。……声色だけ全然普通な感じだったけど、顔は真っ赤だったし。
…………俺の彼女、可愛すぎないか?
いや、さっきまで普通に絆月に対する恐怖心があったんだけど、そんなのが一瞬で吹っ飛ぶくらいに可愛いんだけど。
「慎也?」
「え? あ、あぁ、そ、そうだよ」
そうだった。絆月に話しかけられてたんだった。
その事を思い出した俺は、直ぐにそう言って返事をした。
「背中、洗ってあげるね」
「い、いや、別に自分で洗えるから、大丈夫だって」
「前も洗う?」
前もって……絶対俺が断ることを分かってて言ってきてるだろ。
……今、この言葉に冗談でも頷いたりしたら、絆月は動揺するのかな。
……いつも俺ばっかり絆月の手の平の上で踊ってるし、頷いてやろうかな。
「……なら、前も頼むよ」
「ぇっ? ぁ、ま、前も、ほ、ほんとにいいの?」
…………俺の彼女、可愛すぎないか?
……ついさっき同じことを思ったばかりだけど、俺は思わずそんなことを思ってしまった。
やっぱり、俺の予想通り、不意打ちに弱いってこと、なんだろうな。
「冗談だよ」
「……慎也、私の事、からかった?」
「い、いや、まぁ、それはお互い様じゃないか? 俺は絆月の可愛い姿を見れて満足だし、別にいいだろ?」
「か、可愛っ……ほ、ほんと? 可愛いって思ってくれた?」
「……そ、それは絆月が一番よく分かってるだろ」
絆月は本当になんでか分からないけど、俺以上に俺のことを知っているからな。
「……ふーん。なら、嬉しいから、本当に前も洗ってあげるね。慎也の方から洗ってくれって言ってきたんだから、いいよね?」
「えっ? い、いや、あ、あれだろ? 絆月も俺をからかおうとしてるだけ、だろ?」
絆月の方には視線を向けずに、俺はそう言った。
返事が返ってこない。
……え? 冗談、なんだよな?
「慎也はどっちだと思う?」
「ッ、じ、冗談、だろ?」
「ボディーソープ、付けるね。手でいいよね?」
「い、いや、ま、待ってくれ。せ、背中はもう諦めるとして、ま、前はほんとにダメ、だぞ?」
「……」
ち、ちょっと待ってくれ。
その無言は本当に怖いんだが!?
そんな俺の気持ちを知ってか知らずなのかは分からないが、絆月の手が俺の背中に触れた。
思いのほか冷たくて、思わず体をビクッとさせてしまって恥ずかしかったけど、それ以上に、シンプルに今のこの状況に比べたらそれくらいのこと、何でもなかった。
……それより、ただでさえ背中を洗われているだけというこの状況でも恥ずかしいのに、本当に、本当に前も洗うのか……?
「……じゃあ、後は前だね」
「ほ、本気か!? ほ、本当に洗うのか!?」
俺の言葉を無視して、絆月の手が後ろから前に伸びてきたかと思うと、突然止まった。
「は、絆月? ど、どうし──ッ」
別に洗われたかった訳では無いけど、不自然に思った俺は、少しだけ後ろを向いた。
すると、耳の先まで顔を真っ赤にしている絆月の顔がそこにはあった。
「あっ、ま、待って、慎也、み、見ちゃダメ、だから」
…………俺の彼女、可愛すぎないか?
つか、そんな顔を見せられたら、さっき我慢したこともあって、またそういう気持ちが湧いてきてしまったんだが?!
……だ、ダメだ。このままじゃ本当に不味い。
よし、絆月が羞恥心で固まっているうちに、さっさと体を洗って俺は風呂に浸かろう。
それで、絆月が入ってくる前に出よう。
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