第53話
頭を洗い終わり、次は体を洗おうとしたところで、脱衣所で気配を感じた。
……凄く、嫌な予感がする。
「慎也、私も入っていい?」
そして、そんな予感は当たった。
「ダメに決まってるだろ。直ぐ出るから、その後にしてくれ」
別に俺は最悪普通にシャワーだけでもいいし、扉の外に向かってそう言った。
幸いというか、服を脱いでいる感じはしないし、大丈夫、だと思う。……風呂特有の扉のおかげで薄らと外の様子が見えるからな。
いくら絆月でも、一緒にお風呂に入るなんてことを本気で言ってくるとは思えないし、冗談のつもりなんだろう。……うん。そのはずだ。
絆月にだって羞恥心が無いわけじゃないんだからな。
「なんで? 付き合ってるんだから、一緒にお風呂に入ることくらい大丈夫だよ」
……あるんだよな? 羞恥心。……あれが演技だったとは思えないし、あるはずだ。
……取り敢えず、何も大丈夫では無いな。
いや、これがもう付き合って何年も経っているのなら、大丈夫かもしれないけど、俺たちってこの前付き合いだしたばかりなんだぞ?
しかも、絆月……の方はともかくとして、俺の方は再会……避けるのをやめた絆月のことをまだ全然知らないし。
「入るね? 慎也」
そんなことを思っていると、絆月が服を脱ぎ始めたのが風呂特有の扉のおかげで理解出来た。……出来てしまった。
……俺が何を言っても、結局入ってくるつもりだったのかよ。
「ダメだって言ってるだろ」
「だから、なんで? 嫌なの? 慎也」
「い、嫌とか、そういう問題じゃないんだよ」
嫌か嫌じゃないかと聞かれたら、嫌なわけが無い。
絆月が美少女だっていうことはもちろんとして、それ以外にも、絆月は俺の彼女なんだぞ? 本音を言うのなら、嫌なわけが無いんだよ。
ただ、やっぱり、早すぎるんだって。……もっとさ、ゆっくりお互いを……いや、絆月の方は何故かもう俺のことを知っている……知りすぎているから、俺が絆月のことを知るのを待ってくれたって遅くはなくないか?
「……うん。お風呂の中で話そっか」
多分、もう全部服を脱ぎ終わったのであろう絆月の少しだけ緊張したような声が聞こえてきた。
いくら絆月でも、やっぱり一緒にお風呂に入るなんてのはハードルが高いらしい。
なら、入ろうとしなかったらいいだろ。
絆月が扉に手をかける。
その瞬間、扉がガチャガチャと音を立てつつも、扉が開くことは無かった。
……念の為に鍵をかけておいてよかったな。
普段はわざわざ風呂の鍵なんて閉めたりしないから、風呂場の鍵なんて初めて使ったよ。
ただ、これも時間の問題だと思う。
こんな鍵なんて、十円玉でもあれば簡単に開けられるんだからな。
だから、絆月が十円玉を取りに脱衣所から出た瞬間、俺はもう風呂を出よう。
……ちょっと汚いかもだけど、こればっかりは仕方な──
「は?」
色々と考えつつ、絆月が脱衣所から出るのを待っていると、閉めていた扉の鍵が開いた。
……え? 待って? ちょっと待ってくれ。冗談だろ? わざわざ、コインを脱衣所に持ってきてたのか? 俺が鍵をかけていることを予想して?
「ちょ、待って、ほんとに、本当に待ってくれ、絆月。マジで待ってください」
さっきまでも焦ってた。
でも、どこか余裕があったのも確かだ。
……ただ、今は本当に余裕が無くなり、俺は扉が開かないように手で押さえつけながら、必死にそう言った。
「慎也、寒いから、早く入れて?」
「ッ、わ、分かった。もう、分かったから、せめて、タオルを巻いてくれ。……後、俺の分のタオルも取ってくれ」
もう抵抗するのは無理だと悟った俺は、祈るようにしてそう言った。
絆月がタオルを巻いてないのは風呂特有の扉のおかげで分かるし、俺も一人で入るつもりだったんだから、腰に巻けるようなタオルなんて持っていない。
だからこそ、これが最低限の条件だった。
「うん。分かった」
すると、案外素直に絆月は頷いてきた。
……あの、もしかしてなんだけど、ここまで全部絆月の予想通りだったりします? ……最初から、いくら絆月でも裸で入ってくるのは恥ずかしかったから、俺が妥協案を提案してくることまでが計算通りだったりします?
そんな確かな恐怖心を抱えつつ、俺は少しだけ開けた扉からタオルを受け取り、それを腰に巻いた。
仮に俺が考えた通りだったんだとしても、もう手遅れなことには違いないんだから。
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