第36話

 母さんがお金を置いていって少し時間が経った。

 俺と絆月は今、外に居た。


「……もうそのまま帰ってくれてもいいんだぞ?」


 正確には、絆月の家の前だ。

 ……なんでそんなところに居るのかと言うと、あのままだったら絆月の着替えが無いからってことで絆月が着替えを取りに行くのに付き合ってるからだ。

 ……隣とはいえ、女の子一人で行くのは実際危ないと思ってるから家に送っていくの自体はいいんだけど、一度家に帰るのなら今俺が言った通りそのまま帰ってもいいと思う。


「うん。直ぐ戻るから、待っててね」


「……はい」


 俺の言葉に一切の間を置かずにそう言ってきた絆月に俺は頷くことしか出来なかった。

 ……別に怖かったわけじゃない。

 ただ、さっきのゲームで負けた時の罰があるからな。それで頷いただけだ。

 

 ……それで、絆月が着替えを取りに家の中に入って行った訳だけど、俺、マジでこの後絆月と一緒に過ごすのか? 好きかもしれない女の子と一日? 昔だったらともかく、お互いもう高校生の年頃だぞ。……普通、ダメに決まってるだろ。

 ……もういっその事このまま家に帰って戸締りをして、絆月が家の中に入れないようにしてやろうかな。

 いくら合鍵を持っているとはいえ、チェーンを掛ければ入れないだろうし。

 ……強いてデメリットをあげるとするのなら、次に絆月と会う時は絆月に何をされるか分からないってことくらいか。

 ……あ、いや、母さんにも怒られそうだな。……絆月は絶対母さんに家から締め出されたことを言うだろうし。

 

 ……まぁ、そんなことはしないんだけどさ。

 ……もう突き放す気なんて無いし、俺自身の気持ちだって確かめなくちゃならないんだ。そんなことできるわけが無い。

 そもそも、さっき俺がゲームで負けなければこうはならなかったんだ。……俺のせいって訳では無いけど、約束くらいは守らないとだし。

 

「慎也!」


 そう思いつつも絆月が家から出てくるのを待っていると、絆月の家の扉が開いたと同時に俺の名前を呼びながら中が見えない袋を片手に笑顔で俺に抱きついてきた。

 

「な、なんでわざわざ抱きついてくるんだよ」


「慎也がちゃんと待っててくれたのが嬉しくて、つい、だよ」


 ……言えない。

 考えるだけとはいえ、まさか家に戻って絆月を家から締め出そうと思ってしまっていただなんて、この笑顔を見て言えるわけが無い。


「そ、そんなの当たり前だろ。そりゃ待ってるよ」


「うん。じゃあ、着替えも持ってきたし、帰ろ?」


 上目遣いになりながら小さく首を傾げ、絆月はそう言ってきた。


「……そう、だな。帰るか」


 ……なんで絆月はこんなに落ち着いてるんだよ。

 俺が気にしすぎなのか? どっちかっていうと好きだと明言してきている絆月の方がソワソワしている方が普通だろ。

 俺が考えすぎなのか? ……まぁ、でも、そうか。……朝の感じからして、絆月も一緒に寝てこようとかはしてこないだろうし、考えすぎなのか。

 母さんが居ないのなら、普通に俺が絆月のどっちかがリビングで寝たらいいだけだしな。

 そう考えると、少し気持ちが楽になってきたな。

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