第35話

 あれから少しの間絆月と言い合いをしたんだが、中々絆月が帰ろうとしないから、この前と同じようにゲームで負けた方が勝った方の言うことを聞くってことに落ち着いた。

 早くしないと本当にそろそろ母さんが帰ってきてしまうし、俺も焦ってたからこそ、その提案を受け入れてしまったっていうのはもちろんあるけど、負ける気は無いし、まぁ、大丈夫だろ。

 普通に次やれば勝てると思ってるし。




「じゃあ、慎也。このまま、まだここに居ても大丈夫だよね?」


「……はい。大丈夫です」


 呆気なく負けた俺は、思わず敬語になってしまいながら、可愛らしい笑顔を俺に向けながら勝ち誇っている絆月に向かってそう言った。


 ……マジでなんでそんなに強いんだよ。

 センス、あり過ぎじゃないか?

 ……どれだけ心の中で帰って欲しいと思っていたとしても、約束してしまっている以上、何も言えないし。


「……深い意味は無いんだけど、何時までいるつもりなのかを聞いておいてもいいか?」


「取り敢えず、お義母さんに挨拶はしようと思ってるよ」


「……そんな気を使わないでも、俺から言っておくぞ」


「ありがとね、慎也。でも、今日は自分で言いたい気分だから大丈夫だよ」


 ……なんだよその気分。

 自分で言いたいって気持ちはいいものなのかもしれないけど、別に俺の母親なんだから、俺から言っておけば大丈夫だって。

 だから、帰ってくれよ。


「ただいまー」


 ちょうど俺がそう考えたところで、母さんがそんな声と共に帰ってきた。帰ってきてしまった。

 ……仕事から帰ってきた母さんに帰ってきてしまったなんて言うのもどうかと思うけど、絆月を家に帰してから帰ってきて欲しかった。


「……おかえり、母さん」


 リビングにいるからこそ、直ぐに母さんが俺たちのいるところに入ってきたから、俺はそう言った。

 

「ただいま。絆月ちゃん、来てたのね」


「はい、お邪魔させてもらっています、お義母さん」


 ……余計なことは言わないで「夜も遅くて危ないからそろそろ帰った方がいいんじゃない?」とか言ってくれよ。頼むから。


「えぇ、是非ゆっくりしていってね。なんなら泊まっていってくれてもいいからね」


 そんな俺の願いも虚しく、母さんは絆月に向かってそう言っていた。

 ……予想していたこととはいえ、本当に絆月に向かって泊まっていってもいいなんて言うなんて。

 いや、まだ絆月自身が何も言ってないんだから、大丈夫か? 絆月が遠慮して泊まっていくなんて言わない可能性もあるし。


「はい! お言葉に甘えて、是非泊まらせてください! ……今日はまだ慎也と一緒に居たかったので」


 顔を赤らめて、絆月はそんなことを言ってきた。

 いや、え? 何その顔? めちゃくちゃ可愛いけど、今そんな顔をしてそんなことを言われたら、母さんに勘違いされるだろ!?


「あらあら、もしかして私はお邪魔だったかしら? もちろん泊まっていくことは構わないわよ。ただ、私は用事を思い出しちゃったから、直ぐに家を出るわね」


「え、ちょっ……」


「そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ? 私はお義母さんとの会話も楽しいので」


「ふふっ、大丈夫よ。本当に用事を思い出しただけだから。夜ご飯は冷蔵庫にあるものを使ってくれてもいいし、これで出前でも取って食べてくれてもいいからね」


 俺が何かを言う暇もなく、母さんは絆月と一緒なら安心と言って、一万円を置いて家を出て行ってしまった。

 ……冗談だろ? 俺、好きな女の子かもしれない子とひとつ屋根の下で、それも二人っきりで過ごすのか? ……え? 冗談だろ?

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