第11話
「慎也、取り敢えず、今日は一旦帰るね」
絆月を突き放すために無視すべきなのか、思考が飛躍するのを防ぐために無視しないべきなのか、と色々と考えていると、突然絆月がそう言ってきた。
「え? あ、うん。そうか、なら、早く帰れよ」
正直、ついさっきまで全く帰ろうとしなかった絆月が突然帰ると言い出したことに驚きを隠せなかったけど、本当に帰るというのなら、俺にとって嬉しいことだし、直ぐに冷たくそう言った。
とうとう絆月も俺に愛想を尽かしたってことでいいのか?
さっき俺が絆月を無視してた時……いや、できてなかったかもだけど、無視をしようとはしてたんだから、無視してた時、表面上ではなんともない感じだったけど、やっぱり絆月も精神的には苦痛だったのか? だから、急に帰るとか言い出したのか?
だとしたら、悪いとは思うけど、突き放すことには成功しているし、直ぐに俺の事なんか忘れて、絆月は幸せになってくれるだろう。何度も言うけど、学力だったり料理の腕だったり、そういうところはいい方向に進んでるんだ。
そっち方面もいい方向に進んでくれるだろう。
「うん。また直ぐに会おうね、慎也」
「会わねぇよ。帰るんなら、さっさと帰れ」
俺の冷たい言葉を聞いた絆月は笑顔のまま、俺の部屋を出て、帰って行った。
……なんであんな満面の笑みなんだ? 表面上はともかく、傷ついてるんだよな?
そんな俺の内心の質問なんて答えられるはずもなく、絆月は自分で言っていた通り、本当に帰っていった。
一応、また目が合うかも、という心配はあったけど、こっそりと窓から絆月が本当に家に帰るかも見ていたから、間違いない。
「良かった。ちゃんと帰ったな」
取り敢えず、今日はもう疲れたし、風呂でも入るか。
そう思って、俺は着替えを持って風呂場に移動した。
そして、体を洗い終えた俺は、風呂に浸かりながら、また絆月について考えていた。
……そういえば、絆月の抱きつき癖? って言えばいいのかは分からないけど、それは無くなってたな。
俺が前世の記憶を思い出す前、絆月は俺と出会う度に抱きついてきてたし、そこが直ってるのもいい事か。
やっぱり、何度も何度も思うけど、突き放すのが正解だよな。
そんなことを思いながらも、風呂を上がって、リビングで寛いでいると、母さんが帰ってきた。
……何故か、絆月を連れて。
「か、母さん? なんで、絆月がいるんだ?」
「たまたまそこで出会ったのよ。それでちょうどいいから、夜ご飯をうちで食べていかないかって誘ったのよ。慎也のお昼を作ってくれたお礼にね」
俺の気持ちなんて全く知らずに、母さんはそう言ってきた。
昔、俺が絆月とは違う中学に行きたいって話した時、ちゃんとこのままじゃダメだから、絆月を突き放したいんだ、みたいなことを言ったはずなのに、もう昔のことだと思ってるのか、それとも忘れているのかは分からないが、なんで連れてきちゃうんだよ。……お昼のお礼か。母さんが自分で言ってたわ。
……というか、本当にたまたまなのか? ……てっきり、昼飯を作ってくれた後、俺の部屋で少しだけ過ごして帰って行ったのは内心では傷ついてたからだと思ったけど、やっぱり全然そんなことはなく、今ここにいるように夜にも俺の家に来るつもりだったからじゃないのか?
今思えば、あの時、また直ぐに会おうとか言ってたし、今絆月がここにいるのは偶然なんかじゃないんじゃないのか?
「慎也、どうしたの? もしかして、私が来て嬉しい?」
そんなことを考えていると、唖然としている俺とニコニコとしている絆月を置いて、母さんは「直ぐに夜ご飯の準備をするわね」と言って、キッチンの方へ消え行った。
すると、その瞬間、絆月がそう聞いてきた。
「……そんなわけないだろ」
「ふーん。なら、早く慎也ともう一度仲良くなるために、お義母さんに今日は泊まってもいいか聞いてみようかな」
「……やっぱり、少しだけ嬉しいかもしれない。だから、それはやめておこうな?」
「ほんと?」
「あ、あぁ……ほんと、だよ……」
さっきの母さんの雰囲気からして、本当に頷いてしまいそうだから、突き放さなくちゃならないのに、俺はそう言ってしまった。
「俺、部屋に戻ってるわ」
今から絆月を追い返すように母さんを説得できるとは思えないし、俺はそう言って、自分の部屋に戻った。
攻めてもの抵抗だ。
少しでも絆月と一緒にいる時間を減らすための。
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