第8話

「……本当なのかよ」

 

 絆月が俺の部屋を出て、キッチンに向かっていって暫くして、俺は母さんに電話を掛けて、絆月に本当に昼飯を作ってもらうようにお願いをしたのかを確認していた。

 

 結果としては、思わず声に出してしまっている通り、本当だった。

 少しくらい文句を言ってやろうと思っていたのだが、母さんは俺が絆月と仲直りした……と思っていて、喜んでいるようだったから、文句なんて言えなかった。

 一応、文句を言えなかった他の理由をあげるとするなら、母さんの休憩時間がもう少しで終わるっていうのもあったけどさ。


「慎也、出来たよ」


 それでも、絆月を突き放す方が絆月のためになるんだから、どうやって絆月を突き放そうかと考えていると、そんな声が聞こえてきた。

 考えるまでもない。絆月の声だ。

 出来たっていうのは、さっき言ってた昼飯のことだろうし、もうそんなに時間が経っていたのか。


 ……流石に、食べない訳にはいかないよな。

 絆月を突き放さなければならないって気持ちは変わらないけど、作ってもらったものを食べないって言うのはな……。

 手っ取り早く嫌われるって意味ではいいのかもだけど、食材がもったいないし、それは出来ないかな。

 そもそもの話、後で母さんに報告されて、普通に怒られるだろうし。

 

「……」


「どう? 美味しそうでしょ? 慎也」


 これも原作とは違う。

 原作の絆月は料理もそこまで得意じゃなかったはずだ。

 だと言うのに、目の前にある絆月が作ってくれたという料理は悔しいことに普通にめちゃくちゃ美味しそうだった。

 

「……別に、普通じゃないか?」


 内心でそう思いながらも、俺は絆月を突き放すために、わざと嫌われるようなことを言った。

 頑張って練習したんだなっていうのがめちゃくちゃ伝わってくるからこそ、心が痛いけど、俺が突き放したことによって、料理だって上手くなってるんだ。

 今のところ本当に突き放した結果絆月が勉強も料理もできるようになって、成長してるし、いい事しか無いんだ。

 やっぱり、突き放すのが正解に決まってる。


「食べてみたら、分かるよ」


 自信満々に、俺の嫌味な言葉に絆月はそう言ってきた。

 ……なんか、変なものとか入ってないよな?

 いや、失礼なのは分かってるけど、絆月は少し病んでるみたいな感じになってるし、血とかが入ってないか、なんて、考えてしまっている。

 ……まぁ、物語の読みすぎだな。

 いくらなんでも、絆月がそんなことをするわけが無いだろう。

 もう既に結構俺の人権を無視してきてたりしてるけど、大丈夫なはずだ。

 絆月は依存体質なところはあるけど、ヤンデレでは無い……はずだからな。……多分。もう原作は当てにならないけど、依存体質からヤンデレにジョブチェンジは無いだろうから、やっぱり平気なのかな。


「……いただきます」


 そんなことを考えながらも、俺は料理が並べられたテーブルの前に座って、手を合わせながら、そう言った。

 そして、絆月に見つめられながら、一口食べた。

 

「どう? 慎也」


「……美味しい」


 本当は嫌われるために、不味いって言ってやるつもりだったのに、気がついた頃には、俺はそう呟いていた。

 

「慎也のために頑張った甲斐があったよ。……全然いつでも好きになってくれて大丈夫だからね」


「……なるわけないだろ」


 依存体質なところさえ除けば……いや、依存体質なところも、一途なんだと思えば、かなり優良物件というか、魅力的ではあるんだけど、やっぱりそれは絆月のためにならないし、あの時突き放したのに、今更好きになんてなれるわけが無い。


「そっか。……まぁ、どうせ逃がす気なんてないんだし、私としてはゆっくりでも大丈夫だから、全然いいんだけどね」


 怖いって。普通に。

 

「絆月も食べるんだろ。早く、食べて早く帰ってくれ」


 料理は明らかに二人分あるし、俺は冷たくそう言って、二人で料理を食べ始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る