第7話

「慎也、入るよ」


 現実逃避をしていると、もう勝手に家に入ってきているというのに、わざわざ俺の部屋の扉をノックする音が聞こえてきたかと思うと、絆月のそんな声が聞こえてきた。

 そして、扉が開いた。


「あ……」


 その瞬間、窓からこっそり顔を出して外を覗いた時にインターホンを鳴らした絆月と目が合った時と同じように、部屋に入ってきた絆月と目が合った。

 唯一違う点を上げるとするなら、窓越しじゃなく、距離がさっきよりかなり近い事だ。


「は、絆月……な、なんで……か、鍵はどうしたんだ?」


「お義母さんに合鍵を貰ってたの。慎也のお母さんね」


 幼馴染とはいえ、なんで母さんは絆月に合鍵なんてものを渡してるんだよ!

 ……いや、今文句を言ったってどうにかなることじゃないし、取り敢えず、一旦ではあるけど、今そのことはもういい。

 それよりも、この状況をどうするか、だ。


「それよりも、その手に持ってるの、スマホ、だよね。私のメッセージ、気がついてたのに、無視してたってこと?」


 そうして、この状況をどうするかを考え始めたところで、絆月は俺の右手に握られたスマホに視線を向けながら、そう言ってきた。


「……え?」


 あると分かっているけど、俺は絆月の視線に合わせるようにして、自分の右手に目を向けた。

 すると、突然持っていたスマホが消えるわけもなく、そこにはさっき交換したばかりの絆月とのトークが開かれたスマホがあった。


「い、いや、こ、これは……そ、そう、だよ。わざと、お前と会いたくなくて、無視してたんだよ」


 最初はなにか言い訳をしようと口を開いたけど、途中でここで嫌われた方がお互いのためか、と思い直して、俺は絆月を突き放すようにそう言った。

 また母さんにあることないこと吹き込むぞ、みたいな脅しをされるかもとは思ったけど、ここでひよったら、一生……は言い過ぎかもだけど、少なくとも暫くはそんな感じに脅されて、絆月を突き放せなくなってしまい、絆月のためにならないからな。


「そう。なら、次からもまた無視するのなら、問答無用で家に入るからね」


「普通に犯罪だから、ダメに決まってるだろ」


「大丈夫。お義母さんには許可を貰ってるからね」


 合鍵を母さんから貰ってる時点で察してはいたけど、なんでだよ!

 そんな許可出すなよ! 俺、普通に思春期の時期の男の子だからな!? ダメに決まってるだろ。

 前世の記憶があるから、別に本気で母さんにキレたりはしないけど、もし記憶がなかったら、絶対怒ってたと思うぞ。

 マジでそういう時期だと思うし。


「俺が嫌だって言ってるんだよ」


「それも大丈夫。慎也の意思は関係ないし、私のことを好きにさせたら、直ぐに嬉しくなるから」


 俺の意思が関係ないわけなくないか? 俺の部屋だぞ? 何回も言うけど、俺にだって人権くらいあるからな?


「……取り敢えず無視をしたことは謝るよ。だから、帰ってくれ」


「帰らないよ? 私、用事があって来たんだし」


 絶対嘘じゃん。

 だって、もし本当に何か用があるのなら、さっきメッセージで言えばよかっただけの話だし、信じられるわけが無い。


「お義母さんに、慎也とまた話せるようになりました、って報告したら、もし良かったら慎也のお昼ご飯を作ってあげてって言われてるんだよね」


「は?」


「もちろん私は頷いたから、用事はほんとにあるよ? 冷蔵庫、開けるからね」


 そう言って、絆月は俺の返事も聞かずに、部屋を出て、キッチンの方に向かっていった。

 え? 待って? 嘘でしょ? マジで俺、絆月に昼飯を作ってもらって、それを食べるのか? 突き放そうとしている相手だぞ? 全然突き放せてないどころか、普通に仲が良くなっていってしまうんだが?

 突き放す時、ただでさえ心苦しいのに、あの時と同じようにまた仲良くなんてなってしまったら、俺の心がもたねぇよ。

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