第5話

 腕を掴まれながらも、俺は絆月に心にもない酷いことを言って、絆月のことを突き放そうとしたのだが、その瞬間、絆月の整った顔が俺の目の前まで接近してきていて、思わず動揺してしまい、何も言葉を発することが出来なかった。


「い、いきなり、なんだよ」


 別に絆月のことを嫌いで突き放す訳じゃないから、普通にこんな美少女の顔が目の前にあったら、動揺してしまったんだよ。

 

「あの時と同じ雰囲気を感じたから」


 ……あの時って、3年前の俺が絆月のことを突き放した日、だよな? 

 だとしたら、良い勘しすぎだろ。俺は今、あの時と同じように絆月を突き放す直前だったんだからな。

 

「そうだよ。俺はお前ともう関わる気なんてない。……だから、絆月も俺に関わらないでくれ」


 こういう時、普通なら何か誤魔化すのかもだけど、俺は心を痛めながらも、そう言った。

 これも、絆月の為だからだ。

 ここで変に誤魔化して、絆月を突き放すのが遅くなってしまえば、原作と同じように、取り返しのつかないところまで依存されてしまうだろうから、これでいいんだ。


「嫌だけど」


「……は? 嫌、とかじゃなくて、俺は関わらないでほしいんだよ」


「うん。でも、やだ。……私は今慎也に嫌われてでも、絶対離れないし、絶対、慎也に私を好きにさせるって決めたんだから、慎也の意志なんて、関係ないんだよ?」


 何を当たり前のことのように狂気じみたことを言ってきてるんだよ。

 俺の意思が関係ないわけないだろ。

 俺にだってちゃんと人権くらいあるからな?

 

「取り敢えず、連絡先、交換しよ?」


 俺たちがまだ仲が良かった時……俺が前世の記憶を思い出す前は小学生だったから、スマホなんて持っていなかったし、お互いの連絡先なんて知っているわけが無い。

 だからこそ、絆月は今、そんなことを聞いてきたんだろう。

 ……まぁ、普通に教える気なんてないけど。

 さっきも思ったように、俺に人権があるように、もちろん拒否権だってあるんだから、突き放そうとしている人物と連絡先を交換なんてするわけが無い。


「しない」


「……なんで、私が慎也の通う学校に行けたと思ってるの?」


「え?」


 ……いや、確かに、そう言われたら、そうだな。

 原作では俺と一緒にいるためにあの学校に行くことになってたから、たまたまなんだと思ってたけど、よく考えたら、そんなたまたまがあってたまるかよって話だよな。

 ……知っていた? わざと、俺が行く学校に絆月も通うことにした? ……でも、どうやって俺が行く学校を知ったんだ?


「私、あの日からずっとお義母さんとは仲良くさせてもらってるんだよ? もちろん、慎也のお母さんとね?」


 つまり、情報源は俺の母親だと。

 え? 嘘でしょ? 俺、母親のせいでこんなことになってるの?

 ……いや、母さんは事情を知らないだろうし、全然悪いわけじゃないんだけど、冗談だろ?


「……だから、なんだよ」


 内心でそんなことを思いながらも、俺はそう言って強がって見せた。

 

「お義母さんにあることないこと、吹き込んでもいいんだよ?」


 うん。あれ? もしかしてだけど、俺、脅されてる?

 どう考えても、これ、絆月はもう病んでるよな。

 普通、仮にも好きだと言っている相手に対して、脅したりなんてしないだろうし。

 ……あの時、良かれと思って突き放したのに、俺は絆月を病ませてしまって、悪化させてしまってたってこと、なのか?


 い、いや、今からでも間に合うはずだし、大丈夫に決まってる。

 さっきまで考えていた通り、もう一度突き放して、絆月の目を覚まさせれば大丈夫だ。


「……どうぞ」


 そう思いながらも、脅しに逆らうことが出来なかった俺は、情けないことにそう言って、絆月に連絡先を見せてしまっていた。

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