第18話 異変

 人込みをかき分けて走り出す。


「すみません、避けてください! 通してください!」


 一斉に戸惑った顔で見られるものの、柊奈乃の切羽詰まった様子にただならぬ事態を感じたのか、全員がすぐに通路を開けてくれた。怪訝な視線や飛び交う文句を浴びながら、柊奈乃は紬希が向かいそうなところを頭に浮かべて走り続ける。


(紬希は会場と駐車場しか行っていない。この前も駐車場を走っていってたから──)


「駐車場……」


「へ?」


「きっと駐車場にいます!」


 公園での出来事をどうしても思い出してしまう。あのとき、もし気づくのが遅れていたら、判断が遅れていたら、紬希は道路へ飛び出していってしまったかもしれない。出掛けるたびに口うるさく言ってたんだから、紬希だって道路が危ないことはわかっているはず。走っている途中までは「ともだち」と遊んでいるつもりかもしれないけど、道路に近づくに連れてきっと恐怖が襲ってきたはず。


(そんな思い絶対させたくないのに)


 柊奈乃はうつむいた。前髪が大きく揺れて目を隠す。お客さんが来たことで紬希を見ていなかった、守ると決めた手を放してしまった。


 人でごった返していた出口を出ると、ジリジリとした熱気と眩い日差しが頭を照らす。駐車場はすぐそこだ。外は人がまばらで、車が100台近く止まっていても、小さい子どもが一人だけ動いていれば、普通ならばすぐに見つけられそうなものだった。


「紬希ー!! どこ!? 紬希!!!」


 大声で叫んでも返事は来ない。自分たち以外の走る音も、弾けた笑い声も聞こえない。ただ聞こえるのは、執拗に鳴き続けるせみの音だけだった。


 自分の車へと戻ってみたがやはり誰も乗っていない。清水の車も同様だった。


「どこに行ったの? ねぇ、どこに連れて行ったの!?」


 清水の手が優しく背中を撫でた。


「ねぇ、一回落ち着こう。アナウンスとかしてもらったらどうかな? ドームだもん、きっと迷子の対応とかしてくれるよ」


「違う……」


 息が切れて、酸素不足のせいか言葉が上手く出てこない。だが、これだけはハッキリしていた。ただの迷子なんかじゃない。これは、幽霊とかお化けとか、そういう類のいわゆる怪異と呼ばれるものだ。


「紬希は急にいなくなったりしない子なんです。信じられないかもしれないけど、紬希はきっと何か得体のしれないものに連れてかれたんです」


「得体のしれないって──ええっ!? 急にそんなこと言われても」


 そのときだった。たまたま近くを歩いていた風船を持っていた男の子が空に向けて指を向けていた。


「ねぇ、あそこにこどもがいるよ。あそこっていっていいところなの?」


 柊奈乃と清水はほぼ同時に男の子が指をさす方へ顔を上げた。その光景を見たとき、柊奈乃の足が震え上がった。


 ドームには展望台がある。その展望台を、紬希が一人で歩いていた。

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