第17話 反響
話しかけてきたのは、柔和な笑顔が印象的な初老の女性だった。柊奈乃の戸惑いをよそに、机の商品に顔を近づけながら物色する。
「すごい。猫ちゃんがいっぱい。この猫ちゃんの名前はなんておっしゃるの?」
「あっ、マリーと言います。あの、目がマリーゴールドのように黄色で──」
「マリー!? 良い名前ね! 気に入ったわ! どんな商品があるのか教えていただけないかしら」
こんなに興味を持ってくれるなんて猫好きな人なのかな、と柊奈乃は思った。だが、話を聞いていくうちにそうではなくて、孫が猫好きだということがわかった。しかもその子の名前が「マリ」と言うらしい。
「素敵な商品ばっかりね。うちの孫にはまだ大きいかもしれないけれど、子どもって成長が早いじゃない? すぐに着れるようになるから何か買おうかしら。う〜ん、そうね……」
「あの、ゆっくり選んでください。ありがとうございます!」
人は、注目されているものに興味を持つ生き物だ。思わぬ偶然で初めてのお客さんが訪れ、喜びを感じている間もなく今度は別の男性が柊奈乃に声をかけてきた。
「こんにちは! 見せてもらっても?」
「あっ、はい。ぜひどうぞ!」
そして、注目が集まれば集まるほど、人はさらに群がる習性がある。今まで見向きもしなかったお客さんが柊奈乃のブースへと足を向け、あっという間にちょっとした行列ができてしまった。
こうなると急に忙しくなる。柊奈乃は商品を片手に、並んでいるお客さん一人ひとりに説明をして回った。説明だけではない。お客さんの話を聞いたり、その会話の中で相手がどんなニーズを持っているのかを察知して商品を勧めたりしなければならない。
でも、全く売れないのではないかと思っていたから嬉しい忙しさではあった。インターネットを介しては得られなかった生の反響に、柊奈乃は自分の頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。マスクがなければにやついた顔をさらけ出していたことだろう。
しかし、喜びはすぐに鎮火された。
紬希のおかげだよ、と言おうとして振り返るもなぜか紬希はそこにいなかった。ザワザワした感情が身体中を支配していく。
(──ウソ。だって!)
すぐ近くにいたはずなのだ。今の今までブースの椅子に座って絵を描いていたはず。側から離れてはダメと約束もした。
それなのにいない。
「……ごめんなさい」
商品を机に戻すと、急いでブースを出て辺りを見回した。が、どこも人でごった返しており、紬希の姿が見つからない。
「ヒナ! どうしたの!?」
柊奈乃の異変に気がついたのか、清水が柊奈乃の肩を叩いた。
「友達──」
「えっ? なに!?」
「紬希がどこにもいない! きっとまた友達に連れてかれたんだ!」
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