第16話 ほいくえん

 それからも柊奈乃のブースに客らしき人は現れなかった。清水が何人か自分のところへ来た客を紹介してくれたが、求めているものが違うのか陳列している商品を少し眺めて、申し訳程度に柊奈乃と二言三言交わしただけですぐに他のブースへ行ってしまう。昨日、SNSで応援メッセージを送ってくれていた人も、今のところ来てくれる気配はなかった。


 清水の言う通り、時間が経って会場中を回るお客さんも増えてきて、それぞれのブースが賑やかになり、会場全体は活気が溢れていた。どこを見渡しても楽しそうにお客さんと談笑しているハンドメイド作家たちの姿を見て、柊奈乃の口からはまたため息が漏れ出た。


(このままじゃ、本当にムダに終わっちゃう……)


 売り上げがなく終わるだけならまだいい。問題は家に帰って圭斗にどう伝えるかということだった。ただでさえ、柊奈乃のしていることは趣味で仕事ではないと思っている圭斗に、出店費も回収できずに赤字で終わってしまったと伝えれば、それこそ「もう、辞めたら?」と言われてしまう。そして、保育士に戻って早く紬希を保育園に、と。


(それだけは絶対に嫌!)


 しかし現実は思い通りにはいかず、お客さんが来る気配はない。


「ねぇ、ママ? なにかあそんで!」


 紬希は退屈していた。無理もない。お店番と言ったものの、やることがまるでないのであれば退屈する一方。むしろ、よく我慢してくれている。


「じゃあさ、絵を描こう。マリーの。今度その絵をTシャツにしてあげるね」


 トートバッグから、用意していた画用紙とクレヨンを取り出して机の上に置く。紬希は「やった!」と大喜びでイラストを描き始めた。


「かおはくろで、めはきいろで……」


 横に並べたTシャツに描かれたマリーで色の確認しながら描いていくのが微笑ましい気分になる。


「ねぇ、ママ? なんでマリーってふとってるの?」


「ああ、それはね。最初はやせてたんだけど、子どもたちがもう少し大きい方がかわいいよって言ってくれて」


「ふーん、みんなママのともだち?」


 また友達だ。


「ん……違うよ。ママの昔──そう、保育園でね……その、働いていたときに見てた子どもたち」


「ふーん、あのね。つむぎのともだちもね、ほいくえんいってたんだって。なんだったっけ、どこか、とおいほいくえんだっていってたけど」


「そ、そっか。あの、絵を描くの集中しないとはみ出ちゃうよ」


 慌てて別の話題に持っていく。紬希がクレヨンを持ち替えたところで、ブースの外から声がかけられた。


「すみません、お嬢ちゃんが描いてるの、この猫ちゃんのイラスト?」

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