第19話 見えない力
「な……なんで、あんなところに?」
ドームの屋根の一部に突き出す形で造られた展望台は、透明ガラスで覆われていて、何かの拍子に落ちる心配はない。問題は、どうやって登ってきたかだ。展望台の高さは約50メートル。その高さまで紬希は一人で登ってきたことになる。
「展望台までは確か、エスカレーターで直通だった気がするけど、と、とにかく向かおう! ヒナ!」
またクーラーの効いた涼しい会場へと戻り、今度はエスカレーターを目指し走り始めた。なんとか走れているが、足が震えて仕方がない。展望台から落ちる心配はないが、50メートルの高さから会場のアリーナを見下ろせるスペースもある。もちろんガラス壁で守られているものの手すりから上は何のガードもない。もし、そこによじ登り、
真っ逆さまに落ちていく。落ちた先は──真っ赤な花が咲く地獄のようなものだ。
(なんて想像を……大丈夫。絶対に守るから)
ゆっくりと上るエスカレーターを駆け上がっていけばフラフラと歩く紬希の姿が目に止まった。今さっきまで展望台にいたのに、アリーナが見下ろせるところまで移動している。
「紬希!」
遠く、まだ声は届かない。紬希は、やはり誰かに引っ張られているみたいに右腕だけを前に伸ばして歩いていた。会場一面が見えることに気がついたのか、腕を離すと、窓ガラスに両手のひらをくっつけて会場の様子を楽しむ。「あそこにママがいるんだよ」、とでも言っていそうだった。
「早く!」
紬希の視線が上がった。なぜか手を叩いている。耳を傾ける。ためらうように後ずさる。うん、とうなずき、右腕を伸ばす。その腕がぐぐぐ、と明らかに見えない何かによって引っ張られていく。
「なに、あれ?」
清水も同じものを見たようだった。
「あれは、『ともだち』。紬希がそう言っていた」
(でも、友達なんかじゃない)
エスカレーターを登り切ると、ようやく紬希は母親が来たことに気がついたようだった。嬉しそうに手を振って、まるで友達を紹介しようとするかのように誰もいない空間を指差した。
「ママ、このこがね、ともだち。なまえは、えっとね」
「紬希危ない!!」
ふわり、と紬希の身体が宙に浮いた。腕が引っ張られている。手すりを飛び越えてガラス壁の外へ連れて行かれる。
紬希の顔が笑顔から驚き、そして恐怖の顔へと変わっていく。目が見開き、かん高い悲鳴が上がった。
その手を柊奈乃がつかんだ。全身の力を込めて思い切り引く。引っ張っていた何者かの力が消えて、身体が一気に傾き、尻もちをついて倒れた。
「ママ!」
紬希が胸に飛び込んでくる。「大丈夫、大丈夫」と頭を撫でながらなだめる言葉は柊奈乃自身にも言い聞かせているように感じられた。
確かに今、柊奈乃は力を感じた。見えない何者か、でも実在する何者かの力を。
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