第14話 意気込みと不安

 紬希はいつでも真っ直ぐ思いを伝えてくれる。それが嬉しいことでもあるし、少しくすぐったいときもあった。自分のお店の名前を「好き」と言ってくれる人なんてそうそういない。いつかは本当にお店を出すことができるんだろうか──そんな淡い幻想を胸にしまって、柊奈乃は隣の清水のブースをのぞいた。


「よし、終わった〜! あっ、ヒナのとこもできたの?」


「う、うん」


 清水のブースはセンスが光っていた。オシャレなカフェを思わせるモノクロの壁紙に、きらびやかなネックレスやピアスが並ぶ。最近はスマホケースにもハマっているらしく、手帳型やアクセサリーを散りばめさせたスマホケースが机の上を鎮座していた。


 それだけじゃない。その隣のブースもずっと奥まで並んでいるどのブースもが、自分のブースよりも素敵に見えてきてしまった。


(どうしよう……急に自信がなくなってきた)


「大丈夫だよ。私がここで最初にブース出したときなんて、あまりにも買ってくれないどころか誰も足を止めてくれなくて悔しくて泣いて帰ったんだから」


 不安な思いが表情に出てしまっていたのか、清水が悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「大丈夫だって! マリーはさ、ヒナが保育士やってたときにも人気だったんでしょ? ほら、紬希ちゃんもマスクしてアピールしてくれてるから宣伝になるんじゃない?」


 確かに子どもたちにはマリーの絵を描いてほしいと何度もせがまれた。紬希も気に入ってくれているし、と子どもたちには人気があるだろうと思ってマリーのキャラクター化を始めたのだ。


「ん? 紬希ちゃんどこ行くの?」


 反射的に肩が震えた。後ろを振り向けば紬希がどこかへ走っていこうとしている。


「紬希! ダメ!!」


 また大声を出してしまった。静止を告げられたロボットのように急に立ち止まった紬希は、怒られたかと思ったのか肩を落としてトボトボと歩いて帰ってくる。


「ど、どうしたの? そんなに大声上げなくても……」


「ごめんなさい。でも、慣れないところだから紬希がどこかに行ってしまうんじゃないかと心配で」


「そうかもしれないけど──紬希ちゃん、もしかしてお店の宣伝になるかもしれないと思って走っていったの?」


 戻ってきた紬希は清水の顔を見上げて小さくコクン、とうなずいた。


「わかった。ごめんね、ありがとう」


 柊奈乃は紬希を抱きかかえると、そのまま机の後ろに置いたパイプ椅子に座らせた。


「じゃあ、紬希は店番をしてくれる? お客さんが来たらいらっしゃいませ、ていうの。いい? だから、ママの側から離れたらダメだよ?」


「……うん、わかった」


 少しふてくされながらも納得してくれたらしい紬希の頭を撫でていると、開場を知らせるアナウンスが入った。

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