第13話 小さなお店

「ごめ〜ん、遅くなって。お、この子が紬希ちゃん? マスク似合ってるじゃん! マリーの大ファンだ!」


「そうだよ! だいファンなの」


「いいね! 身近にファンがいるってさ。いつでもレポがもらえるじゃん!」


 快活な、という言葉が似合う女性だった。花で例えるならばヒマワリ、いつでも変わらない明るさを持っている笑顔の似合う人──という印象を、柊奈乃は清水若葉に最初に会ったときから抱いていた。


 清水と知り合ったのはSNS上でのやり取りがきっかけだった。ハンドメイド作家を志したものの、どうしたらいいかわからずにSNSで作品を上げていた柊奈乃に、「かわいいキャラクターですね」とメッセージが来たのが始まりだった。


 カフェで初めて直接顔を合わせたときにも、そうだった。圭斗が帰ってくるのが遅く、約束していた時間よりも一時間以上過ぎて合流した柊奈乃に放った言葉は「ここのケーキめちゃくちゃおいしいよ」だった。


 持ち前の明るさと気さくさに引き出される形で、柊奈乃はハンドメイドのことだけでなく家庭のことや子どものことも含めて取り留めもなく清水に話をしてしまっていた。


 清水は子どもがおらず、結婚歴もなかったが、清水はハンドメイドの先輩であるとともに、年上の友達でもある。柊奈乃にとってはそういう関係性だった。


 清水は初対面の紬希ともすぐに意気投合したようで、マリーのグッズについて話ながら、ブースに必要な持ち物を一緒に運んでいった。


「えっと、369番、369番」


 会場は柊奈乃が想像していた以上に広くそして大きかった。野球やサッカーの試合で使われるのだから当然ではあるのだが、観客席から見ているよりもアリーナから見た景色の方がずっと高く感じる。


「あった! ここだ。ヒナはここ、私は隣ね!」


「ヒナってなに?」


「ヒナは、紬希ちゃんのママのニックネームだよ。私がつけた」


「すごい! かわいいね!」


「そうでしょ〜」


 二人の会話を聞いていると恥ずかしくなってしまって、柊奈乃は聞こえていないふりをしながらすぐに準備を始めた。一ブース辺りに用意されているのは2枚のパネルと長机、それとパイプ椅子が一つずつ。それらを自由に使ってその店らしさを表現するのも、即売会でのポイントだった。


 柊奈乃は一枚のパネルを背面に置き、もう一枚を横に設置した。真ん中には机を置いてTシャツやマスク、帽子、缶バッジ、靴下にトートバッグと並べていく。


「つむぎもてつだう!」


「ありがとう」


 紬希には飾り付けを一緒にお願いした。マリーのイラストとともにオレンジ色を基調とした柔らかくて暖かいイメージの壁紙をパネルや机に貼っていく。最後にパネルに貼ったのは、お店のロゴだ。そのロゴを指差しながら紬希は聞いた。


「ママ、これなんて読むの?」


「『ホワイトオレンジ〜マリーのお店』だよ」


「ほわいと、お?」


「長いからね。わかりやすく言うと、マリーのお店ってこと」


 紬希の笑顔がパーッと明るくなった。


「マリーのおみせ! つむぎすき!」

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