第12話 ハンドメイド即売会

 今回のハンドメイド即売会は、隣の市で開催される。プロ野球やサッカーなどの試合やスポーツイベント、誰もが知っているような有名アーティストがコンサートを開いたりする全長約50メートルの巨大ドームを貸し切って行われることもあり、注目度は抜群。客足も期待できるとあって、早めに着いたというのに駐車場はすでに満杯に近かった。


 車を適当な場所に置くと、柊奈乃はハンドメイドの先輩であり今日のイベントに一緒に参加する予定の清水しみず若葉わかばへ、先に着いたとメッセージを送った。


 助手席を見れば、紬希が寝息を立てながら眠っていた。首筋には、まだ昨夜のネクタイの跡が薄っすらとついており、柊奈乃は眉根を寄せながらすぐにチャイルドシートを外した。そして、起こさないようにそっと、その小さな手を両手で握ると、顔を近づけて祈るように額に当てた。


 着信音が弾けた。紬希から手を離さないように片手で器用に操作をする。スマホの画面には清水若葉と表示された。


「もしもし」


「ごめん、道が混んでて。今すぐ着くから待ってて〜」


「わかりました!」


 わざと明るいトーンの声を出して、電話を切った。会話に起こされたのだろう、紬希が「う〜ん」と伸びをして薄っすらと目を開ける。いつもと変わらない大きな瞳が柊奈乃を真っ直ぐ見つめた。


「ついたの?」


「うん、もうすぐ中に入るからね」


「たのしみ! おおきいところだね」


「大きいよ。展望台もあるしね。紬希、ちょっとママ緊張してきちゃった」


「ママもきんちょうするの?」


 と聞きながらも紬希は興味津々にユーチューブで流れていた曲を鼻歌で歌いながら、車の窓からドームの様子を眺めていた。たくさんの人の中から、自分たちと同じように子ども連れで会場へ入っていく親子の背中が目に止まる。


 紬希がくるりと柊奈乃に笑顔を向けた。


「ママ、つむぎ。たのしいゆめだった」


「ヘ~どんな夢?」


「あのね。ともだちがいっぱいいたの。それでみんなでまるになってあそんでた」


 『ともだち』というワードにヒヤリとする。


(でも夢の話。昨日のこととは関係ない)


「そこにねママもいたよ。おにいちゃんやおねえちゃん、あとつむぎとおなじくらいのこもいた」


 そうしゃべる紬希の表情はにこやかでとても嬉しそうに柊奈乃には感じられた。遊具公園でもそうだったように、紬希はやっぱり友達がほしいのかもしれない。


「紬希、やっぱり保育園行きたい?」


 やや間があって紬希は首を横に振った。


「でも、ママがいっしょだもん。つむぎはだいじょうぶ」


(……やっぱり行きたいんだね。でも……)


 この街に来るとどうしてもあのときのことを思い出す。どんなに天気が晴れ渡っていても、心はくすんでいく。


(考えてはダメだ。集中、集中。今日はイベントを楽しむために来たんだから)

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