第11話 何があっても
『だから、大丈夫だって。きっと寝ぼけて遊んでいただけだろ?』『どうしても仕事に行かないといけないからさ、頼むよ』『柊奈乃が目を離さなければ大丈夫でしょ』
──ありえない、と柊奈乃はハンドルを握り締めながら改めて思った。昨夜の出来事は嫌な悪夢でも見ているかのように現実感がなくて、助手席に座る紬希は変わらず元気にいろいろなことを話してくれる。
いつもは後部座席にいるからきっと景色が違って見えるのだろう。美味しそうなパン屋を見つければ手を叩き、チェーン店を通り過ぎるたびに「このおみせしってる」とはしゃぐ。その度に柊奈乃も笑顔を見せていたのだが、自分でもわかるくらい疲れた笑顔だった。
昨日すぐに首に絡まっていたネクタイを外した。幸い、すぐに普通の呼吸に戻り紬希は眠ったままだった。救急車を呼ぼうとしたが、圭斗は寝ぼけていたんだろ、の一点張りで聞く気がなかった。寝ぼけてあんなことができるわけがない、と反論してもしまいにら激昂して怒鳴り始めたので、仕方なく、柊奈乃は紬希の手を握りながらその横で過ごし、まんじりともせずに夜明けを迎えた。圭斗の高いびきをイライラして聞きながら。
(やっぱり、どう考えてもあんな風に何重にも絡ませて首を締めるなんてこと、紬希はできない?)
しかも寝ぼけてクローゼットのドアを開けてその中からネクタイを取り出し、自分の首にくくりつけたことになる。それよりもまだ──突拍子もない話だが、誰かがそうしたと考えた方が現実味がある。
(誰?)
と考えると、どうしても結びつけてしまうのが「ともだち」だ。柊奈乃には見えない友達。いや、紬希にしか見えない友達が、本当にいるのだとすると、
(……でも、そんなこと……)
ありえない。柊奈乃も二十数年生きてきて、その手の話は聞いたことがあるし、見たという噂も、見えるという話も聞いたことがある。
仮にいたとして、しかし、それはわざわざ心霊スポットと呼ばれる場所や廃墟に突入するとか、何か曰くのある場所に知らず知らずのうちに侵入していたとか、それなりの理由がなければ遭遇しないものだと思っていた。それがなぜ今のタイミングで紬希に接触したのか理由がわからない。
(理由……)
もしかしたら、という懸念が頭をよぎり、柊奈乃は生唾を飲み込んだ。
(そんなはずない。だって、そうだとしたらなんで今頃……それに、これから向かう街は……)
浮かんだ不吉な考えを振り払うようにアクセルを踏む。徐々に加速していくスピードに、紬希は「ママ、はやい、はやい!」と喜んでいた。
とにかく、と柊奈乃は心に決めていた。何があっても紬希を守る、と。
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